短編小説

□出逢いの春
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僕が何でこの町にいたかなんて、覚えていない。ただ…毎日毎日、お腹の中に住んでる虫さんがキュゥ〜キュゥ~と鳴いていた。今日で三日目…何も食べていない。僕は、何か食べ物を見つけるためにゴミ箱に向かった。

「やっぱりない…。」

予想はしていたんだけど…。チリンチリンと耳障りなほど鈴がなる。ゴミ箱をガサガサと漁っても、出てくるのはビニールや食べられない物ばかり。いい物は違うネコさんに取られてしまって、いくらゴミ箱の中を漁っても食べられない物しか出てこない。キュルキュルとお腹が限界を告げていた。僕はゴミ箱の中から出ると、一歩も動けなくなってその場に倒れこんだ。

「僕…死ぬのかなぁ……。」

ポツリとつぶやく。誰が聞いていようと、死んでしまう僕には構わない事。でも、死ぬ事を考えると…自然と涙が溢れ、視界を濁す。嫌だ…死にたくないっ。でも、その心とは相反して動かないこの身体が憎らしくてたまらない。不意に温かく大きな手が、僕の頭を撫でた。僕は最後の力を振り絞り、ゆっくりと目を開く。

「大丈夫かい?」

僕の顔を心配そうに覗き込んでくる人間。…大丈夫なわけない。そんなの…見たら分かるでしょ…。そう心の中で思っても…僕には声を出す気力はなかった。そんな僕を見てなんと思ったのか、その人間は自分の鞄からペットボトルを取り出すとキャップを開けた。僕を上手く抱え込み、ボトルの口を向ける。

「ほら、お飲み。」

毒が入ってる、とか飲んだら死んじゃうかも、とかそんな事を考える余裕なんてなかった。ただ、のどがとても渇いていたし、飲まなくても死んじゃう事は目に見えてた。だったら、飲んだ方がいい。それにカブリつくと、一生懸命に喉を動かした。丁度良い角度で流し込まれていく冷えた麦茶が喉を伝い、全身に潤いを与えていく。やっと一息ついた頃、人間は不思議そうな目で僕を見ながらこう言った。

「君は何処の猫ちゃん?迷子ちゃんかな?」

僕はフルフルと頭を横に振った。だって、迷子って事は帰るお家があるって事でしょ。僕には、そのお家がなかったんだもの。僕の態度で一瞬にして理解したらしい。その人間は、う〜ん…と考え込んだ。この人間の前にも、僕を気に止めてくれる人間が沢山いた。立ち止まってパンをくれたり、ミルクをくれたり。でも、結局は皆僕を置いて去っていく。もう、人間に期待する事はなくなっていた。

「それじゃあ…うちに来る?狭いけど。」

ギュウッと僕の手を握ると、人間は僕を覗き込むように見る。最初は、その人間が言ってることがよく分からなかった。こんな…みすぼらしい僕と、一緒に住んでくれるって…。ぐるぐると頭が回り、やっと理解した頃には僕と人間は歩き出していた。

「僕と一緒に住む条件として、約束して欲しい事が3つある。」

立ち止まると、僕の目の前に三本指を立てて言った。

「まず1つ目は、僕の事は【ご主人様】と呼ぶ事。」
「はぃ…ご主人さま…。」

小さな声で返事をすると、人間…いや、僕のご主人様が「良い子だね。」と頭を撫でてくれた。これからご主人様と一緒に生活するんだ…と思うと、胸がドキドキして言うことを聞いてくれない。

「2つ目は、一人でお外に出ない事。」

僕が見てる時ならいいけどね。と付け足すと、またご主人様は歩き出した。その後を必死に追いかける。ご主人様に置いていかれたら、僕…また戻らなくちゃいけなくなるから。

「3つ目は、良い子にする事。」

守れるかな?と立ち止まって僕の方を振り返った。僕は思いっきり首を縦に振った。優しいご主人様に、暖かいおうち。帰るべき場所…僕の一番欲しかったものだから…。

「ここだよ。」

ご主人様が指を指したのは、遠くに見える大きな洋館だった。鉄で出来た門には、二人の男が怖い顔をして立っている。その人間に「お疲れ様です。」というと何の躊躇いもなく門をくぐっていく。僕はというと…ここにいること自体が場違いな気がして、門の前で立ち尽くしていた。それに気がついた御主人様は、少し困った顔をしながら門をくぐって戻ってくる。

「どうしたんだい?」

プルプルと頭を振る。だって…言えないよ!!
僕がこんなところにいていいの?なんて…。

「ほら、今日から君の家はここなんだよ。」

よいしょっ!!!!という言葉と共に、僕の身体が浮き上がった。

「ひゃああああっ!!!!」

僕を胸の中に抱きかかえると、スタスタと門をくぐった。何故か分からない…けど、僕は怖かった。怖くて、怖くて、ご主人様にギュッと抱きついていた。そんな僕を見て、御主人様は「誰も君の事を虐めたりしないよ。」と笑って言う。門をくぐるとそこは、小さな森だった。レンガでマンションまでの道が造られている。さわさわと春の風が木々を揺らす。

「普段は自転車なんかで通るんだけどね。僕は散歩が好きだから。」
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