自転車
□流れる
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「巻ちゃん」
「何ショ」
「すまん、巻ちゃん、俺は...」
「...............」
東堂はやり場のない悔しさを吐き出すように巻島に謝り続けた。
黙って東堂を見下ろす巻島に、いつものニヒルな笑顔は浮かんでいない。
「すまん、巻ちゃん、俺は巻ちゃんをそういう対象として見れないのだ」
巻島の両肩をつかみ、しかしまったく目を合わせずに俯いている東堂に巻島は眉を下げた。
咄嗟だった。東堂がわざわざ千葉まで押しかけてきて、2人自転車で山を登り、タイムを競って笑いあった。
いつもと変わらない日常のハズだった。
巻ちゃん今日は楽しかったぞ!またIHでな!と東堂が手を振りながら帰ろうとした時、巻島は頭で考えるよりも先に細く長い腕を伸ばしていた。
言うつもりは無かった。
男が、好敵手が、東堂の事が、好きだなどと、言うつもりは微塵も無かった。
咄嗟に口をついて出てきたのは言うハズの無い滑稽な愛の告白で。
東堂は目を丸くしたあと、大きな瞳を歪めた。
「あー...仕方ねぇショ。俺ら男だし、当たり前の事っショ。俺が異常なだけ「巻ちゃん!」
苦笑してから自嘲的な事を言えば東堂に勢いよく遮られる。
それでも、東堂は顔を上げはしなかった。
「俺は!巻ちゃんに巻ちゃん自身を否定して欲しくない!俺を好きになってくれた事は嬉しい、すごく嬉しいぞ」
パタっと音がした。パタパタッと音が続く。
あぁ。こんな顔をさせたかった訳じゃない。
巻島から顔は見えないが、点々と色を変えているアスファルトで、そんなもの見なくても一目瞭然だった。
「もう良いショ、東堂。変な事言って悪かったな」
やんわりと肩から東堂の両手をどかし、頭に一度だけ触れてみた。
好き。好き。好き。
じゃあな、と言って巻島はその場から逃げるように自転車に乗って走り去った。
生暖かい雫が頬を流れるのを感じたが、巻島はただひたすらペダルを回していた。