その3

□努力と約束
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『箱学が優勝したら俺の恋人になってください』




新開悠人くんの言葉と、

キスされた手の甲がうずいて、まるで嫌な予感が起こる胸騒ぎのような物を感じた。







「名無し子先輩!!」

「うわっ!」



1年生の声と共に掴まれた肩で私は驚いて飛び上がった。



「す、すいません…さっきから声かけてるのに上の空だったから思わず…

 ラジオ聞いてました!?」

「え…?」

「手嶋さんですよ!なんか小野田さんがガードされて上がれないっぽくて、

 代わりに手嶋さんが箱根学園2年の真波と山岳争いしてたじゃないですか!!」

「あ…えっと…ごめん…。聞いてなかった…」

「それで、真波が山岳獲って手嶋さんが僅差で2位っす!!」




また箱学に負けた…




それが私の胸にずっしりと乗っかる。











「俺すごく感動しました!!」



1年生のその言葉に私は「え?」と顔を上げた。



「ほら、手嶋さんって走りがパッとしないというか。

 正直、なんでこの人がメンバーなんだって思う所あったりしたんすけど、

 合宿の時とか今のレースとか…

 去年ゴール争いした真波と僅差でゴールですよ!!

 努力次第でここまで上がれるんだって思いました!!」














『少しずつでも。確実に上がる』







インターハイの少し前、他の学校の選手のレース映像を観こんで私は寝不足だった。


「すー…」

「名無し」


部活中、いつの間にか眠ってしまっていた私は手嶋さんの声で目が覚めて跳ね上がる。



「えっ!あ…ボトル…タオルっ…」


寝ぼけていた私が手を伸ばすより先に手嶋さんがボトルとタオルを手に取った。


「名無し、お前もう今日は帰れ」

「す、すいません!もう寝ないように…」



ビシッと手嶋さんにデコピンをされ、痛さで額を手で押さえた。



「少しずつでも。確実に上がる」

最初、私は意味がわからずにいた。



「たった1本の映像を見るだけでも違う。一気に詰め込もうとするな。

 今日は帰って休め。インターハイで倒れるぞ。

 まあ、王者奪還で殺気立ってる箱学がいるもんな。そりゃ焦るか」


ニッと笑った手嶋さんは私の手に飴を置いた。



「鳴子の言葉で言うと飴ちゃんだな」


そう言ってボトルのドリンクを飲んで練習へと戻った。


「焦りすぎるとロクなことないって俺も身にしみてるからさ」


最後に言ったこの言葉が印象的だった。

手嶋さんだからこそ重みを感じた言葉。













「手嶋さん…」


 
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