長編

□彼方へ射抜くその先へ
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 序章





トトトッと子供特有の足音が廊下に響く。


まだ5歳になったばかりの少年は走り続けた。


薄暗く前も碌に見えない家の中で。


長く続く廊下には多くの人影が横たわっている。


既に事切れているのだろう人影は一人残らず周囲を赤く染めていた。


視界中に広がる紅く壮絶なその光景に少年は涙で頬を濡らす。


少年が身に着ける彼の一族特有の装束も返り血がべっとりと付着していた。



  「父さま・・・母さま・・・・」



息も絶え絶えに少年は走り続けた。


愛する家族の元へと。


どこからか火の手も上がっているのだろう。


ツンとした血の匂いとは別に何かが焼けるような匂いもしてくる。


何が焼けているかは幼いながらも少年も分かっていた。




 スパンっ




  「・・・・・・っっ」



屋敷から一番奥にある襖を開ける。


その瞬間、少年は息を呑んだ。


部屋の中にあったのは夥しい死体の量と部屋中を血に染めた異質な部屋。


その部屋の中心にこちらに背を向けた一人の青年の姿が立っていた。


青年もまた少年と同じ装束を身に纏っており同じ一族の者である事が窺えた。


しかしその手に光るのは不気味なほど黒光りするクナイ。


そのクナイにはポタポタと血が滴り落ちていた。



  「ど・・・して・・・・・」



少年はカタカタと自分の体が震えているのを感じた。


そしてその青年の足元に転がる二つの人影に脳が理解を拒絶した。



  「父さま、母さま・・・・っっ!!??」



少年が二人の元に駆け寄るも青年は微動だにしない。


少年の目からはより一層大粒の涙が溢れる。


二人は既に息をしていなかった。


いつも優しい眼差しを自分に向けていてくれた瞳は黒く濁っている。


そっと母親の手を触れてもそこにいつもの温かさはどこにもなかった。




 ザッ




不意に視界の端に移った二本の足。


鞠亜は呆然としたままゆるゆると足から胴へ、胴から頭部へ視線を向けた。


そこには夥しい量の返り血を浴びた同族の青年の姿。


少年はその彼の事をよく知っていた。



  「ど、して・・・どうして、こんな・・・・。
  兄さま・・・っ」



少年に兄と呼ばれた青年は感情が一切ない空虚な瞳で少年を見下ろしていた。


そんな空っぽな瞳に耐え切れず少年は再び俯いた。


青年はそんな少年にゆっくりと血塗れのクナイを向ける。


しかし少年は目の前の死よりもただただ悲しかった。


もう昨日まで当たり前のようにあった暖かな幸せには戻れない事に。


もう全て失ってしまった事に。


もう誰も助からない事に。



  「なら・・・、せめて・・・・・」




せめて、



一族の仇を討ってから



死んでしまおうか・・・・。




 ザシュッ




 兄「・・・・っ」



少年は目にも止まらぬ早さで隠し持っていたクナイで青年の腕を切りつけた。


青年は反射的に息を詰めすぐに少年と距離を置く。


顔を上げた少年の瞳には強い怒りと憎しみで彩られていた。



  「殺してやる・・・・っ」



押し殺したような声音で低く呻く少年に青年はほんの僅かに口角を釣り上げた。


そしてその空虚な瞳に確かな光を宿したのだった。







結果からして少年の惨敗だった。


年の差はそのまま経験の差となった少年に襲いかかったのだ。


ヒューヒューと言う異常な呼吸音と滲んでいく己の視界。


背中を大きく切られたその体はピクリとも動かない。


既に感覚はマヒし痛みすら感じなくなった。


ふと視界の中に兄の足が写る。


少年は最後の力を振り絞り兄を見上げた。


せめてもの抵抗と言わんばかりに睨みつけようと思って。


しかしそんな少年の視線の先には自分の頭に銃を突き付けている兄の姿。


そしてゆっくりと振り上げられるクナイを持った腕。



 兄「ごめん・・・ごめんな・・・・。
  でも、こうするしかないんだ。
  命令、だから。
  俺達は・・・忍は命じられる事でしか動けない。
  そういう生き方しか知らないから・・・。
  ごめんな・・・鞠亜・・・・・・・・・」



  「兄、さ・・・・」




 ザシュッ パァンッ




兄の謝罪と共に振り下ろされたクナイ。


それと同時に響き渡る一つの銃声。


兄の体がすぐ目の前に崩れ落ちるのを見て少年・・・鞠亜は息を引き取った。


その時しっかりと目に焼き付けたのだ。


再び空虚な瞳に戻った兄の目から流れるその涙を・・・・・。




















  ***





  「・・・・あれ?」



鞠亜は目を覚ました。


何もない暗い空間の中で。


辺りを見渡しても何もない。


と言うより立っている感覚すらなかったのだ。



  「ここ、どこ・・・・?
  ぼくは・・・死んだんじゃ・・・・・」




 ドッ




急に体中から襲いかかる圧倒的な重圧。


怯えて竦む体を叱咤してゆっくりと振り返る。


そこに居たのは黒い蛇。


蛇はゆっくりと問いかける。



 蛇「・・・生きたいか?」


  「・・・そりゃね、生きたいよ」


蛇「もうお前を守ってくれる存在も居場所もないのにか?」


  「それでも生きたい。
  どうして兄さまがあんな事しなくちゃいけなかったのか。
  どうして一族が滅ぼされたのか。
  一体誰が兄さまにそんな命令したのか。
  僕はまだ何も知らないんだから」



頬に涙が伝うのを感じる。


無力な自分に吐き気がしそうだ。



  「・・・・っち、からが・・・ほしい・・・・・・。
  忍は命令される事でしか動けないと言うのならその命令する力を。
  絶対尊守される力を・・・・っ!」


 蛇「・・・傲慢だな。
  生きる事だけでなく力をも望むか」


  「・・・もう、無力なままでいるのは嫌だ。
  そんなの・・・生きてたって意味がない」



悲痛な思いだった。


もう二度と大切なものを守る為に。


もう二度と失わないために。



 蛇「・・・・・生きたいのなら『目』で射抜け。
  お前が生きるべきその道を」


  「




   ・・・・・・そういえば、貴方は一体



         誰?




                 」





 バチバチバチッ




熱、い・・・。



目が、焼けそうだ・・・・・。










  「・・・・・・・・・・・・」




目が覚めた時は既に病院のベットの上だった。


来ていた警察が言うには自分が唯一の生き残りらしい。


警察は通り魔の可能性も視野に入れて捜査をするそうだ。


鞠亜は言う気になれなかった。


兄の事。


夢で見た蛇の事。


手に入れた力の事。



誰もいなくなった病室で鞠亜は鏡を手に取った。


鏡に映る真っ赤な瞳をした己自身。


そして鞠亜はそっと口を開いた。



  「"命令"だ」







奇しくもそれは鞠亜が生まれて5度目の8月15日の出来事だった。







 
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