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□実らなかった初恋
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■痛みに藻掻く決闘者(闇様side)
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夏祭りの翌日、せめて誤解だけでも解きたくて、俺は昼前にアイツの家へ行ってみた。

アイツの家は小さな玩具屋を営んでいて、昔は頻繁に訪れていたのだが、俺が女を取っ替え引っ替えし始めてからは、すっかり足が遠のいていた。
なので、かなり久し振りの訪問だった。にも関わらず、アイツの祖父――双六爺さんは快く出迎えてくれた。

しかし少し遅かったようで、アイツはすでに寮に帰った後だった。

せっかく帰って来たのに、ほとんど話をする事もできなかったと、双六爺さんも残念がっていた。

アイツが家に帰って来ないのは俺のせいだ。
俺に会いたくないから、わざわざ私立受験をしてまで寮生活をしているのだ。

それは自惚れでもなんでもなく、杏子から聞いた真実。

俺のせいで、双六爺さんはあんなに可愛がっていた孫娘にろくに会えなくなってしまった。
手紙や電話はあるしいが、それでも寂しい思いをしているのは、誰の目から見ても明らかだった。

アイツの家を後にした俺は、申し訳無さと遣る瀬無さを感じたまま、宛もなく街をさ迷い歩いた。

そして気がつけば、アイツの学校の寮の前まで来ていた。

警備員に不審がられるので長居はできなかったが、すぐ近くにアイツが居るのかと思うと、建物の中にまで押し入りたい衝動に駆られた。

あの頃は、会いたいと思う必要が無いほどに、いつもいつも一緒に居たのに。
いまはその姿を見る事すらできないなんて……会えない事が、声を聞けない事が、こんなにも苦しく切ないものだったなんて、知らなかった。

残っていた宿題も何も手がつかず、ただ部屋に篭もり、アルバムの中のアイツを見つめて過ごした夏休み明け。
夏の余韻が残る教室の中は、秋に行われる文化祭の話で盛り上がっていた。

それを口実に連絡をしようかとも思ったが、俺はアイツの連絡先を知らない。
中学の時は携帯電話を持っていなかったから、俺はアイツの携帯番号もメールアドレスも知らないままなのだ。俺達の友達関係の中でアイツと直接連絡が取れるのは、杏子だけだったが、杏子はもう俺の頼みは聞いてくれないだろう。

杏子がアイツを誘う可能性に賭けてみたが、忙しいからと断られたようだった。

ダラダラと惰性だけで過ぎて行く日々。

俺は何気なく手にした雑誌――『月間デュエル』で、アイツの近状を知った。

いつの間にかアイツは、決闘王と言う称号を手にしていた。
アイツが強いのは知っていたが、目立つ事が嫌いなアイツは一度も大きな大会には出た事は無かったのに、どういった心境の変化なのだろうか?

そしてそんなアイツの隣に、寄り添うように付き添う一人の男の姿。


海馬瀬人――海馬コーポレーション社長でアイツのクラスメイト。


雑誌には簡単なプロフィールと二人の関係が載っていいたが、余り詳しい事は分からなかった。

俺はアイツが載っている雑誌を片っ端から買い漁り、高校に入ってからは辞めていたM&Wをまた始めた。

またアイツに、近づくために。

決闘王のアイツは小さな大会にはほとんど出ない上に、大きな大会はシード枠やゲスト扱い。
アイツと対戦するためには、ひたすら勝ち上がって行くしかなかった。


「久し振りだね、アテム」


不意に呼び止められ、思わず言葉に詰まった。


「…………遊戯!?」


関係者だけの控室。
その部屋の前の通路で、俺はアイツと遭遇した。


「君も大会に出るようになったんだね。知らなかったよ」

「あぁ、お前が出てたから、俺も興味を持ったんだ。俺も決闘は好きだったから」

「そうなんだ。今日の大会、ボクは出ないけど頑張ってね。いつか君とも戦ってみたいな」


懐かしく、耳に心地良いアイツの声。

でも、感情が読めない作り笑顔。

アイツがいま、何を考え、何を思っているのかが、まったく分からなかった。
あの頃は手に取るように、アイツの事は何でも分かったのに。

海馬に肩を抱かれ、通り過ぎて行くアイツの後ろ姿に心を乱された俺は、当然決闘でもボロ負けだった。

決闘に負けた事よりも、アイツが海馬と親しげにしていた事の方がショックだった。

他の参加者の噂話で、アイツが決闘王として活動する時は、決闘にしろ取材にしろ、必ず海馬が一緒に居る事を知った。
決闘をする者の間ではかなり有名な話らしく、二人は付き合っていて、アイツに何かあれば、海馬が黙っていないとの事だった。

込み上げてくる切なさと苦しさは、夏祭りの比ではなかった。

アイツはもう俺の物じゃない。
アイツを捨てたのは俺じゃないか。

なのになぜ、俺は『奪われた』と思うのだろう……。

このまま決闘を続けたら、もう一度。

アイツは俺の事を見てくれるだろうか?
海馬ではなく、俺を選んでくれるだろうか?

僅かな望みを勝手に抱き、俺は決闘に全てを賭けた。



 

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