龍神

□04
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五日過ぎ、日の出と共に小綺麗な着物を着た十頃の女が震えながら御簾の前に立つ
竜神の嫁になる、とでも言われて少しでも良いものを、と着せられたのだろう

御簾の向こうの竜神が女だと解ればどんな顔をするのか…

「…こっちへおいで」

一言言えばびくりと体を強ばらせ恐る恐る小屋の御簾を巻き上げ目が会えば心底驚いた顔をしている

「女だから驚いた?」

「あ…いえ…」

「そんなに怖がらなくていい。食べたりなんてしないから」

艶のある黒鳶色の頭を撫でてやる
やはりまだ怖いのか肩をすぼめて膝の上に置かれた手は着物をぎゅっと掴み小刻みに震えている

「名前は?」

「…雪…です」

「自分の大事な名前を絶対忘れちゃいけないよ。忘れると戻れなくなる」

どういうこと?
口から出る言葉はあたしの言葉だけど意思ではない
喋らされているような変な感覚
それにどこかで聞いたことのある言葉
でも…何で…?

「もう一度、人間に戻りたければ三千日、誰にも見られず夜中天に参るんだ。そしてこうやって十頃の女を連れておいで。
後は体が勝手に動いてくれる」

人間に…戻る…?

体が勝手に動いているのは今だ。
雪の頬に触れて催眠術を掛けるように目を離さず、離させず意図せず、口が喋り出す

これは…見覚えがある
凄く昔、あたしも雪と同じだった気がする


「雪、登ってきた階段を目をしっかり開いたまま降りてごらん。
最後の一段で目を開いたままこちらを振り返るんだ」

言い終わると雪の目は光を失った様に暗く、力なく頷くとゆっくりと歩き出す

目の奥から冷たくなっていき眼球を覆う
自分の目じゃない様だ

このまま雪が最後の一段で振り返るとどうなるんだったかな
あたしもそれをした覚えがある
何十年も、何百年も前の事だ

『幸せにおなり』

頭の中にあの低い声が響くと目の前の池の水がゆらりと動きだし生き物の様な水の塊かま階段へ流れ出す

残りの池の水が手の様に動きこちらへ向かい飲み込まれる

一瞬…雪の様な者が見えた
ただ、頭が黒飛色ではなく銀色だった

そうだ。これは…………………







城では慌ただしく準備を始めていた

部屋には打掛が運ばれ、いつでも名前を連れて来られる様になっていた

小十郎は畑から戻りあの包みを開く
ちりんと鈴が音を立てるが底には今まで見ていた物と違っていた

「…これは…」

驚く小十郎は目を疑う
名前から貰い受けたあの好き通るような綺麗な銀髪が艶やかな蝋色になっている

包みを持ち急いで政宗の自室を訪れると名前迎えに行く準備をしていた

「Ah?何だ小十郎。knockぐらいしやがれ」

「申し訳ありません…これを…」

「…何だ?これ」

包みを手渡され目を落とせばただの蝋色の毛束が入っているだけだ
しかし束ねているのはあの鈴のついた青い髪結い紐だ

「…まさか」

「はい…きっと名前はもう…」

小十郎が言い終わる前に政宗は部屋を出ていった

やっとだ。やっと……………
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