龍神
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稲穂が頭を垂れ始める頃
空を見上げれば勿忘草色に白い雲が浮かんでいる
最近はずっと晴れているそろそろ雨を降らせなくてはいけない
三千参りを続けて二千九百五日
今日を含んであと五回。
小屋の壁に付けた傷を一つ増やして口元が緩む
最近は戦の匂いがここまで来ない為ずっと陸で政宗が置いていった本を読んでいる
もう何回も読み、内容も覚えてしまったがこうして開けば少しだけ政宗の残り香がある為開かずにはいられない
一冊読み終わり次を手に取ろうとすると人の気配に気付き小屋に御簾を下ろしてから階段に目を向ける
気配の主は麓の村の老人だった
老人は小屋に座る名前の前で膝を付き頭を下げる
「竜神様……この様に日照り続きでは田畑が干上がり作物が枯れてしまいます。どうか雨をお願いします」
目の奥が熱い。刺すように痛い
これは何?
目の奥から冷たいものが眼球を包む感覚になると意に反して口が動く
「五日後の朝、十頃の女を連れてこい」
今まで出したことのない男のような低い声だ
これが自分の声…?
御簾の間から微かに見える老人は頭を上げてこちらを見ると深く頭を下げて階段を降りて行く
じわりと眼球の冷たさが奥に消えていく
息苦しかった喉を押さえて急いで息をする
今のは…何?
何故女を連れて来いって言ったの…
自分の中に何かが居る
目が冷たくなるような感覚は雨を降らせる時、止める時に少しだけ感じていたがこんなに強く感じることは初めてだ
あと五日、無事に過ごせるのか…
異様な不安で怖くなる
「政宗様」
振り向けば着物の小十郎が大きな包みをいくつか持って立っていた
「何だ?小十郎」
「お休みのところ申し訳ありません。例のものが届きました」
縁側に座っていた政宗のすぐそばに大きな包みを降ろす
「Ah?…あれか」
「は。もうひとつはこちらへ運ばせます」
出ていこうと立ち上がる小十郎を呼び止める
「…嬉しいか?俺が憎いか?」
今だってこいつはどう思っているのか俺は知らない
目も合わせず静かに言えば小さなため息が聞こえる
「人間になりたいと言う名前の願いが叶うのです。嬉しくない訳ございません。
それに…相手が政宗様なら小十郎は安心です」
そう言い残し、襖を締める
大きく伸びをして包みを開けば白い白衣数枚に白群の色地に青藤色の菖蒲が描かれた着物、他にも紺瑠璃、杜若色などどれも政宗の好みの色で揃えた女物の着物が入っている
他の包みには足袋や下駄等身の回りで必要な物や豪華な簪や櫛が包まれていた
空を見上げれば勿忘草色、少しだけ雨雲が出てきていた
あいつの雨か…………