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□兄ちゃんっ、俺の恋人を紹介します!【百愛】
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「兄ちゃんッ、紹介します!俺の恋人の似鳥先輩っ!」
「ご、ご無沙汰してます。御子柴部長」
「おぅ、久しぶ・・・」
久しぶり、そうこの目の前にいる御子柴(元)部長は言おうとしたんだろう。だが、それは声にもならないようで、呆気に取られている。そりゃ、そうだろう。恋人を紹介すると弟に言われ、呼び出された先のファミレスにまさか男がいるなんて誰が思うだろうか。しかもそれが部活の後輩だなんて。さすがの御子柴部長も驚かない訳がない。
「に、にとりだよな?」
「似鳥です」
「お前女だったのか!!?」
「男ですっ!!」
「だ、だよな、うん、だよな・・・」
だよな、を何度を繰り返しだろうか。御子柴部長の動揺っぷりは僕の想像以上だった。僕の真向かいの席に座って頭まで抱えてる姿を見て、やはりまだカミングアウトするべきではなかったと僕は後悔する。
百くんとは僕が高二の夏から付き合い始めた。もうすぐその付き合いも一年が経とうとしている。そんな中、百くんが突然言い出したのだ。兄に僕の事を恋人を紹介したいと。勿論、最初は僕も反対した。男同士という後ろめたさもあるが、百くんの兄はあの御子柴部長である。顔見知りな上に先輩の弟と付き合ってるなんて、打ち明けにくくて仕方がない。だけど、大切な家族にも僕との関係を知って欲しいという百くんの熱意に押し切られ、結局渋々僕は了承してしまった。
そして、結果はこれである。やはりまだ早かったのではと僕はこの場から逃げ出したくなった。しかし、状況は僕を更に追い込む。まるでタイミングでも見計らったように机に置いてあった百くんの携帯が鳴った。百くんがそれを手に取り、ディスプレイを確認する。
「やべっ、友達からだ!ごめん、俺ちょっと席外すから先に二人で話してて!」
そう言い残し百くんが慌てて携帯を掴みながらファミレスから出て行く。ガラス越しに携帯で話している百くんの姿が見えた。取り残された僕と御子柴部長。先に話しててって何を話せばいいの、百くん。そう僕は助けを求めたくなった。
御子柴部長がどんな顔をしているのか怖くてちゃんと見れない。僕はとりあえず目の前にあるアイスコーヒーをストローで一口呑んだ。喉が潤って少しほっとする。何を話そうかと悩んでいれば、この沈黙を先に破ったのは御子柴部長だった。
「いやーまさか百太郎の相手が似鳥だとはさすがの俺も予想外だったぞー?」
「ですよねー驚いちゃいますよねー」
はははっと二人で顔を見合わせて笑い合う。しかし、互いに無理をして顔を作っているのは明らかだった。再び二人の間に沈黙が流れ、僕は更に落ち着かない。ちらり、と百くんを再びガラス越しに見てみると楽しそうに笑いながら、まだ電話をしていた。その姿に僕は軽く殺意が沸く。半ば無理矢理僕を連れてきたくせに自分は友達と楽しく会話なんて酷い。帰ったらあのラッコどうしようかと僕は拳を作る。そんな風に意識が百くんの方に向いていると突如カランという涼しげな音がした。御子柴部長の方に意識が戻る。それは御子柴部長がストローで氷を混ぜる音だった。
「いつからだ。付き合ってるの」
笑ってもいない。だけど、怒ってるわけでもない。言うなればそれは無表情に近い。いつもとは違った落ち着いた声で話す御子柴部長の雰囲気に僕は呑まれそうになる。だけど、決して呑まれないように、僕は背筋を伸ばした。
「去年の夏からです」
「てことは、一年か・・・」
「はい」
しっかり頷く僕を見て、御子柴部長が小さな溜め息を漏らす。その溜め息に僕の体は無意識に強張った。
「男子校だし、確かにそういう心配がなかった訳じゃない。だけど、百太郎は根っからの女好きだろう?だからそうなるとは思ってなかったし、それに・・・」
ちらっと御子柴部長が僕の顔を真っ直ぐ見る。百くんと同じ金色の目に捉われて、僕の掌はじんわりと汗を掻いた。
「お前は松岡が好きだと思ってたんだが」
まさかここで凛先輩の名前を出されると思っていなかった僕は目を丸くした。そんな僕に御子柴部長が不思議そうな顔して僅かに首を傾ける。
「違うのか?お前いっつもちょこちょこ松岡の後ろくっついていただろう」
「た、確かに凛先輩の事は好きですし、卒業された今も慕ってます!けど、尊敬してるだけでそういう好きじゃないし、僕が好きなのは、もっ」
百くんです、と口を滑らせかけて僕は寸前で言葉を呑み込む。手で口を押さえると自分の顔が赤くなるのが分かった。顔が熱い。だけどやはりあそこまで言ってしまえば、誤魔化し切れなかったようで、ついさっきまで真剣な顔をしていた御子柴部長の口元がニヤッとした吊り上がった。
「そうかそうか、似鳥は百太郎が好きなんだな!」
「なっ、ちょっそりゃ好きだから付き合ってるんです!」
ヤケクソで僕が叫ぶと御子柴部長が愉快そうにニヤけた顔をして笑う。その顔はある意味いつもの御子柴部長で、僕は心の何処かで少し安心した。
「似鳥がうちの弟のこと好きなのはよーく分かった。で、似鳥はどっちなんだ?」
「へっ?」
「上か、下か、どっちなんだ?」
最初、質問の意味が分からず、僕はつい小首を傾げた。だけど、さすがにそこまで言われると僕はどういう意味か分かると、かぁっと耳の縁まで顔全体が一気に赤くなった。今の僕はきっと茹で蛸状態だろう。
「なっ、そんな、言えるわけっ」
「ははーん。その反応、お前が下だな!そうに違いない!」
犯人はお前だ、みたいなノリできっぱり断言されて僕は穴があれば入りたくなる。しかもここは公共の場。回りには食事していたり、僕らみたいに会話しているお客さんだって沢山いる。そんな誰に聞かれてるか分からないこんな場所で大声で下だと叫ばれては堪ったものではない。恥ずかしい。僕は俯いて中々冷めない自分の頬を撫でる。すると、僕の頭に御子柴部長の大きくて暖かな掌が乗った。
「似鳥。弟の事、好きになってくれてありがとう」
先程まで僕をからかっていた人間と同じものとは思えないくらいに穏やかな声で御子柴部長が言葉を紡ぐ。 突然の言葉に僕は息を呑んだ。
「・・・っ 」
「あんな弟だが、俺には世界一大切な弟なんだ。だから、大切にしてやってくれ」
頼むな、と明るく笑いながら頭をくしゃくしゃと撫でられる。それは力任せで乱暴な撫で方なはずなのにすごく優しく感じて、つい僕はつい泣きそうになった。それは認めて貰えた安心感。そして何より御子柴部長の優しさのせいだろう。
「はいっ、必ず大切にします」
目尻に涙を浮かべながら、僕はしっかり頷く。そんな僕に御子柴部長は満足げな顔をして笑っていた。僕は密かに誓う。認めてくれた御子柴部長のためにも百くんとこれから先も二人で一緒に幸せになれるよう頑張ろうと――――――。
「ちょっと兄ちゃん!似鳥先輩のこと何泣かせてんだよっ!」
いつの間にか戻ってきていた百くんが、涙目になっている僕を見て勘違いし、御子柴部長に憤慨する。僕が理由を話そうとした瞬間、先に御子柴部長が口を開いた。
「悪い、悪い。百太郎、お前が似鳥を慰めてやってくれ。俺はそろそろ帰る!」
否定することもなく、いつものように御子柴部長は飄々とした態度で笑う。そして、伝票を手にしたかと思うと席から立った。そんな御子柴部長を引き留めようと腰を浮かせば、突然こちらを振り向いた。
「あ、そうだ。似鳥!もう俺は部長じゃない。だから、俺の事はいつでも義兄さんって呼んでくれて構わないからな!百太郎の恋人なら、もう家族同然だっ!」
じゃあな"愛一郎"、と言い残して御子柴部長が風のように去っていく。思いも寄らぬ言葉に僕はぽかんっと口を開く。
「・・・ねぇ、百くん、御子柴部長って凄い人だね」
「そりゃ俺の兄ちゃんッスから」
確かにそれはなんて説得力のある言葉だろう。そう思いながら、僕は百くんと一緒にそんな御子柴部長の後ろ姿を見えなくなるまで眺めていた――――――。
【END】

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