Thank you 4 Anniversary
□飛んでけベイビー第二話
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「遅いですよ」
八百屋の人混みからようやく出てきた二人に僕は向かいの茶屋の壁に凭れながら文句を言った。
「総司、てめぇ自分で追いかけろって行っておいて……!」
「まぁまぁ。泣く子も黙る新選組の幹部隊士が揃いも揃って八百屋に並んでいたらおかしいでしょう?隙だらけの所を不逞浪士に襲われたら大変ですし僕はここで見張ってたんですよ」
「だったら何だよ!その団子を食った形跡のある串は!」
「え〜?何の事ですか?」
くるくると団子の串を手で回しながら僕は屯所へ向かって歩き出す。
「あ、待ちやがれ総司!」
背後では千鶴ちゃんの抱えた大量の大根を半分持ってやりながら土方さんが僕を睨んでいる。
全く、土方さんもこの子に甘いよね。ただのお荷物でしかない子なんだから甘やかす必要なんてないのに。
さっさと先を歩いて行きながらも一応、新選組副長が大根持って帰っているところを襲われて、ざっくり斬られたりしたら笑えないから(僕は面白いと思うけど近藤さんは悲しむだろうし)周囲を警戒しながら僕は歩いているんだけど……
……遅い。後から二人が歩いてくる速度は荷物を抱えていることを考慮しても遅い。さすがの穏便な性格の僕も苛々して後ろを振り返った。
「何でそんなに遅いの!?」
千鶴ちゃんの抱えていた野菜を片手で担ぐと(ところで何でこんなに大量の大根を買っているのだろう)彼女は驚きながらもありがとうございます、と素直に礼を言った。
「これで早く歩けるよね?さぁ行くよ」
と、歩き出したものの。道を曲がったりする度に千鶴ちゃんは立ち止まり、頻りに空を見上げたり、周囲を確認している。
「何してるの、さっきから」
「沖田さん、あ、あの、さっきの八百屋さんの方向はどっちになるのでしょうか?何度か曲がってるとわからなくなって……」
「どうして八百屋の場所が気になるの?八百屋の用事は終わったんでしょう?」
もしかしてさっきの八百屋に綱道さんの痕跡が?いや、それなら土方さんが何か感づいているはずだし……
何を目的に言っているのかわからずに考え込む僕をよそに彼女は
「土方さんや沖田さんは見たことがありますか?」
と不意によくわからない質問した。
「何を?」
「えっと……赤ちゃんを授かる瞬間です!」
どさり。土方さんが大根を落とした。真っ昼間からこんな往来で何を言い出すんだ、この娘は。僕は呆れながら土方さんの落とした大根を拾ってあげた。
「授かる瞬間……見たことないの?」
半分からかう気持ちで訊いてみると、彼女は目をキラキラさせながら頷いた。
「昔、父様に訊いたことがあるんです。どうやって赤ちゃんって授かるの?って。そしたら父様が教えてくれたんです!『仲むつまじい夫婦の所に大きな鳥が赤ちゃんを運んでくるんだよ。人目に隠れて飛んでくる鳥だからなかなか見かけることはない貴重な鳥だ』って!」
綱道さんは幕府の密命を受けて京にくる前に江戸にいる娘にきっかりと然るべき教育をするべきじゃなかったのかな。
屯所についてもなお、縁側から八百屋のある方向だと信じて僕が適当に指さした西の空をずっと見つめている千鶴ちゃんを巡察から帰ってきた平助と一君が不思議そうな顔をして見ていた。
面白そうなので僕はそのまま放っておくことにした。