紅の約束

□五話
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「グッ・・・」

「・・・?」


 想像していた衝撃がこないのと、呻き声にスティンガーは目を開けた。
そこには刀を落とし頭を抱え苦しむ名無しさんの姿。
よほど苦しいらしく身体をあちらこちらの机にぶつけながらよろめいている。
机の書類が落っこちようと知ったことではない。衝撃で、軍帽が落ち葉のように落ちていった。ゆっくりと頭を上げる名無しさん。


「――え、」


 深く被っていた帽子のせいで名無しさんの顔がよく見えなかったが全貌となった名無しさんにスティンガーは驚いた。
 「

「お前、なん、だよ。それ」


 信じられないことに、名無しさんの前髪を掻き分け額に五センチほどの突起が生えていた。
突起、というより角のほうが適切だ。
ボタリと重く床へ落ちる血。
それはスティンガーのものではなく名無しさんのものであった。
名無しさんの鼻から血がでている。


「・・・まだ慣れないのぉ」


名無しさんが喋った。


「お前、なんで、何が、それ」


スティンガーの頭はもうたくさんであった。


「誰、だよお前。あいつじゃ、ない」


 喋ってわかったが雰囲気が全然違う。
それに額に生えている角は一体。
パニック状態になるスティンガーであったが、外から大音量で聞こえてくるサイレンの音や人の声に正気を取り戻す。


「チッ。さっきのやつら・・・連絡をつけておったのか。全員殺したと思ったのじゃが」


 やった、よかった。今はこいつがどんな奴なんかは後ででいい。


 「はっ・・・!さすがのお前でもあの人数相手じゃ勝てないだろ。増援が来るまで時間は余裕で潰せる」


名無しさんはふらふらであった。
目の焦点も合っていない。
何故だかはわからないが、勝てるとまではいかないが時間を潰すことができるだろう。
スティンガーが笑う。


「・・・ふむ。確かにあの量は今の我ではきついな」

重心が不安定のまま屈んで落とした刀を拾う。


「のぉ童。ここは一つ、逃がしてくれんか」


 薄ら笑いで名無しさんが言う。
いや・・こいつは名無しさんだろうか。
その薄ら笑いが恐怖を煽った。
何を言っているのだ。
何故追い詰められているというのに余裕を持っているのか。
心臓が激しく鼓動するが落ち着かせようと必死になる。
自分たちの勝ちであるというのは決定事項であるというのに、どうして。


「んなの、するわけねぇだろ・・・!」

「そうか」


 空を斬る音。
刃の矛先はスティンガーの首元ではない。名無しさんの首元であった。
つまり自分自身で刃を頚動脈に当てている。


「見たところ、こいつのことを大事にしておるのぉ。こいつのこと、傷つけたくはないであろう?」

「な、に言って・・・」


 刀に力が込められる。新しい血が刃に伝う。紛れもなく名無しさんの血だ。


「や、やめろ!!」


そう叫ぶと、名無しさんは手を止めた。


「なら、見逃してくれるな?」

 スティンガーは唇を噛み締めうなずく。


「はは!礼を言うぞ童よ」


 スティンガーが意識の最後に見たのは、紅い瞳で笑う名無しさんであった。
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