紅の約束

□四話
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星も沈みそうな深夜。
スティンガーは人の少ないG市の協会へと残っていた。
名無しさんの行方を捜すためだ。
長らく液晶を見ていたせいで疲れはひどい。
身体を伸ばし気分を一息。
すると、何やら下が騒がしいことに気づいた。
廊下を走る者ががやがやしながら降りていく。
何かあったのだろうか。
そう思い立ち上がりその場へ行ってみた。
 小さな人だかり。
おそらく協会へと残っていたスタッフ達であろう。その先には


「・・・え」
 

その人物は、ずっと我々が探していた人物であった。
軍服に。腰に携える刀と二つの銃。他の誰でもない、軍人貴公子であった。
 名無しさんは軍帽を深く被り俯いている。
何かあったのだろうということはすぐにわかった。
だが、今はとりあえず彼がここにいることが何よりも重要であり、いい意味で大変なことであった。
小さい人だかりには泣く者までいるし、電話をかけようとする者様々だ。
 スティンーが名無しさんの前へ行こうと人波を掻き分ける。
彼も涙は瞳にしまってあるものの、視界は滲んでいた。
名無しさんの名前を呼び、近づこうとする。
 しかし名を呼び終わらないうちに、スティンガーの声は掻き消された。
名無しさんが突き出す銃口によって。


「あれっえっあっ、え」
 

その場を凍りつかせた銃弾の先は、電話をかけようとしていた男の手であった。
携帯は重力通りに落下していく。
男の手は中心から奥の景色が見え、周りは赤く染まり、止まらない血は指先へと集まり滴っていく。


「ぎ、ぎいぃあ!!」


 男の張り裂けそうな絶叫。周囲はそんな絶叫を呼吸もせず聞いていた。


「え・・・?」


スティンガーが名無しさんのほうを見る。
すると、自分の顔に冷たいものがかかった。
赤い、これは、何だろうか。
理解の前に横にいた人が血を噴出しながら倒れた。
 片手に、刀を振るっていた。
人だかりはあっという間に散っていく。
泣きながら、喚きながら、叫びながら。
黒色を主体としていたロビーは時間が少しでも経つたび人間の血によって赤く染まっていく。それを作っているのは銃と刀をたくみに扱う軍人貴公子他ならない。
出口へ向かうものは、銃で足を止め刀で腹部を切り裂く。
そのたびに黒の壁が、床がなくなっていった。充満する鉄の匂いと足元で呻く人に、スティンガーはやっとこの状況に気づく。
いつも使う槍を手に、逃げ惑う人々で遊ぶ名無しさんを追った。


「おい!」


 名無しさんが振り向いた。
顔には赤い、斑点に血がかかっている。
気づけばあたりは、静かに苦しむ声が這い上がるように聞こえる。
二十五人ほどいた人たちは全員倒れ、床を赤へと染めていた。
 名無しさんがゆっくりと顔を上げ、スティンガーを見た。


「・・・・・・ッ!!!」
 

スティンガーは一瞬、すべての細胞が停止したかのように呼吸ができなくなった。
まっすぐに、ただただこちらを見つめる名無しさんの瞳が、赤に染まるこの場よりも真紅であったから。
握る槍の柄と手が汗により摩擦がなくなるが、必死に持ち直す。
身体が冷えるほど汗をかいていた。


「な、なぁ・・・何してんだよお前・・・なんでこんなこと・・・」


 脳の半分は現実を考え、もう半分は夢を見ていた。
もしかしたらこれは夢なのかもしれない。
だって名無しさんがこんなことするわけがない。もしかしたら行方不明だったのも夢で、自分はすごく長い夢をみているだけなのかもしれない。
 だがこんな妄想は、現実逃避でしかない。


「〜〜ッ!」


 振り下ろされた刀に「危険」という信号が身体全体へと伝わる。
槍を横にして刃が自分へ降りかかるのを阻止した。
槍を握る手が震える。
重い。押し出そうとしたが、逆に押されている。
自分を見下す名無しさんの紅い目に全身の毛が逆立った。
これ以上は支えきれない。限界だ。
自分の力を見計らったスティンガーは刃を横へ流し、自分の身へ降りかかることを阻止できた。
刃先は床を砕く。
スティンガーは出口とは反対に走り始める。
向かう先はエレベーター。
先ほど、まだ逃げる人がいた時誰かがボタンを押したのだろう。
運よく扉が開く。
 滑り込んで必死で「閉」のボタンを押し続けた。
扉はスティンガーに無情でゆっくりとしまっていく。
早く!早く!早く!!前方へと走って追いかけてくる紅い瞳がスティンガーを突き刺し続ける。
早く閉まってくれ!音を鳴らし、エレベーターのドアが閉まった。


「う、わっ!?」


扉の隙間から刀が突き出た。
鼓膜が拒否する摩擦音。
しかしその刀の刃は諦めたかのように引っ込んでいく。
息を吸い込むことしかできなかったスティンガーは盛大に溜め込んでいたいたものをすべて息として吐き出した
。踏んでいた血溜まりにより自分の足跡が赤くなっている。汗は更に止まらなかった。
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