世知辛いヒーロー業界

□カフェあるある
1ページ/1ページ





「おっすバネヒゲさん」

「いらっしゃい名無しさんさん。……と、アマイマスクさん……!!」

「2名禁煙席で頼むよ」

「は、はいッ!!」


バネヒゲが、珍しく慌ていた。
肩を跳ね上げながら、口ごもらせながら名無しさんとアマイマスクを案内した。
バネヒゲはアマイマスクに畏怖を感じている。
A級1位なのに俳優やアイドルをしているのは尊敬していた。
けれど、確かにこの胸の内は恐怖の波で打ちつけられていた。
この感情はバネヒゲではない。他のヒーロー全体に言えることだ。
そんな感情を抱いていることを、名無しさんは知らない。


「パンケーキとアールグレイで」

「ホットコーヒーをお願い。ミルクとシュガーはいらないよ」

「か、かしこまりました」


名無しさんははぁ、と息を吐く。
どうしてアマイマスクと一緒のテーブルに座らなければならないのか。
頭の中でこのイベントを回避するにはどうすればよかったのかを考える。
いや、無理だ。
アマイマスクに出会った時点でこうなってしまう。
出会わないようにすればいいのだろうが、名無しさんの行く場所を知っているかのように出会ってしまう。


「……相変わらず女々しい注文だな」

「うるせぇ」


アマイマスクと会話するのは勘弁だ。
嫌味と皮肉を言われるだけ。
会話しないように、するにはどうすればいいのか考える。
すると目には何も映っていないテレビが見えた。
真っ暗な液晶には、空席を映していた。
席を立ちバネヒゲのいるキッチンへと向かう。
普通のお客であれば注意されるが、名無しさんは特別だ。


「バネヒゲさーん、テレビつけていい?」

「いいですよ。リモコンはそこにあります」


リモコンを手に取り、席へと戻った。
電源をつけた瞬間、奇跡的な人物が映った。


「あああああああああああああ!!?!!?」

「!?」


名無しさんの叫び声にアマイマスクが驚く。


「名無しさんさん、お店では静かに」


思わずバネヒゲも調理中であるのに、こちらの顔を出す。
苦言を申しているので、顔も眉をひそめていた。


「だだだだ、だって!! 見て!! ねぇアマイ見て!!!!」


名無しさんがアマイマスクの肩を掴み、身体を揺らしながらテレビを指さす。
普段はアマイマスクのことを鬱陶しいと思っているが、今は違う。
アマイマスクは振り返り、音のするほうへと振り向いた。
そこにはS級13位閃光のフラッシュが、とある組織を滅ぼしたことが報道されている。
しかし映っているのはフラッシュのインタビューされているわけではない。
協会の公式HPにある公式写真が映っているだけだ。
それでも、名無しさんはとても嬉しそうである。
そう、名無しさんの憧れている人物とは閃光のフラッシュであった。
もともと、ランキングやA級S級など興味無かった。
しかし閃光のフラッシュが戦っている所を一度だけ見たことがある。
今でも思い出せる。あの美しいヒーローを。
それから、憧れたヒーローに少しでも近づきたくてS級を目指しているのだ。
公式の写真でも、名無しさんの胸は熱くなる。


「流石フラッシュさん……! 1人で何人も相手できるだなんて凄すぎる!! その麗しい見た目も強さも大変美しい!! なぁアマイもそう思うだろ!!?!?」

「……」


アマイマスクの視線は既にテレビに向いていない。
ただジッとテーブルを眺めていた。
名無しさんの声も節々しか聞こえていないが、確かに怒りを感じている。


「プッ! なんだアマイ、嫉妬か?」


自分より格好良くて美しいフラッシュに嫉妬しているのだと、名無しさんは思う。
いつもそうだ。
名無しさんが他のヒーローを褒めたり、フラッシュの話をするとアマイマスクはこうして黙ってしまう。
その姿がいつものように、凛としたものではないのが笑いをこみ上げる。
笑いは喉に閉じ込めることはできずに、外へと出していた。


ボギィッッッ


「あーーーー!!?!?!」


名無しさんの叫び声にバネヒゲも驚いて、こちらへ来る。
バネヒゲは、衝撃の光景が見えた。
アマイマスクの側には壊れたリモコンが置いてある。
リモコンは壊れたことを主張するように煙を出していた。
名無しさんは泣きそうな顔で壊れたリモコンを見つめている。
そんな名無しさんを見てアマイマスクは満足そうな顔をしていた。
それ私のテレビリモコンなのですが……と、文句を言いたいが我慢する。
言えるわけが無かった。
あのアマイマスクに文句や反抗できる者は少ないだろう。
会計時にリモコン代を上乗せしよう。


「(それにしても)」


厨房に戻り、先ほどの2人を思い返す。
名無しさんといるアマイマスクは世間通りのアマイマスクだ。
しかしA級ヒーローは知っている。本当のアマイマスクを。
名無しさんに対する執着心。アマイマスクに恐怖する理由の1つ。
実力で言えば、S級に入ることができるだろう。
しかし、A級2位に居続けるのは、S級に上がれないのは、アマイマスクが邪魔しているように見える。
少なくとも、バネヒゲはそう思っていた。
そして、アマイマスクは名無しさんが群れるのを快く思っていない。
きっと、美しい薔薇の周辺に雑草が生えるのが許せないのだろう。
どうして、そんなにも執着するのか。
私は知りたくない。
そう思うバネヒゲであった。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ