短編2

□プラネタリウム
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作り物は所詮本物には適わない
人工的に作り出された物がどれだけ美しくても、自然の美しさには勝てないだろう
どんなに繊細に描かれた絵画だって、どんなに時をかけて作った彫刻品だって、きっと大気の発光現象であるオーロラに、太陽の光で反射する海に、人々はどちらに魅了されるだろう
もちろんそれは自分自身だってそうであった
復讐のために人工的に作った体
そんな温度の持たない金属の体で、人を幸せにできるだろうか
いや、問題は俺が人を幸せにできるとかそういうものではない
問題は第二者である
名無しさんさんは俺を選んでくれるか、というところにある
作り物で、温度もない、脳は人間だが段々感情さえも機械に近づいていくような俺を、名無しさんさんはどう思ってるだろう
名無しさんさんが普通の人と未来を一緒にするほうがいいなんてことは充分わかっている
けれど、自分のものにしたいという欲が唯一熱を帯びる脳を渦巻いていた
いっそのこと、気持ちを伝えてしまえれば
いっそのこと、冷たく突き放されたほうが
そのほうが自分の気持ちを、この感情を捨てられるのではないかと思う
だから決めたのだ、気持ちを伝えると
名無しさんさんが好きな、星空が一番よくみえるこの山で


「・・・・・・」


けれど、あいにく今日の天気は怪しかった
厚い雲が空を隠している
そして、ポツリと作り物の頭皮に冷たい雫が落ちるのに気づいた
ポツリ、ポツリと
段々強くなっていき、周りは一気に暗くなった
自分の金色の髪の毛から透明な雫が滴り落ちる
いつまでも続く雨の音が近くにあるはずなのに遠くで聞こえる気がした
星空など当然あるはずもない
復讐などをしようとする愚かな自分には特別な感情を抱いてしまった人に気持ちを伝えることも許されないのか
そんあ馬鹿げたことを思ってしまう


「クソ・・・」


こんな天気じゃ名無しさんさんも来るはずが無い
ましてやここは山だ。雨のときに山へ来るなんて女性にとったら信じられないことだろう
おそらくもう少しで携帯のバイブがなることを予想していた
名無しさんさんからの連絡がくることを待つ
あぁ、なんて格好悪いのだろう
せっかく決心して告白しようと決めたのにこのザマだ
哀れな自分に失笑した
いつまで経っても震えない携帯に、少し首をかしげた
もしかしたらこの約束自体を忘れてしまっているのかもしれない
あぁ、きっとそうだな
名無しさんさんにとって俺の存在など小さいものだろう
たまたま助けた市民が名無しさんさんで
その後スーパーで何回か会っただけの関係だ
思えば、それは顔見知りというものなのでは
顔見知りの男に呼び出されたって気味が悪いだけか
鼻で自身を笑いながら踵を返した
視界にうつるのは泥だまりになる地面と泥だらけの自分の靴であった
体温を感じないこの体では、今が寒いのかどうかわからなかった
歩いていたらふっと目がキュルキュルと機械音がなる
そして視界が自然を映すのではなく様々なデータを映す
――接近反応・・・?
下を向いていたのを顎を上にあげる
白い傘がひょこひょことみえた


「ジェノス君!」


その声が体全身を反応させた


「ごめんね、遅くなって。森歩きづらくてさ」


頬をかきながら笑う名無しさんさん


「あれ傘どうしたの!?もしかして・・・持ってない?」


自分に降りかかる雫がやむ
至近距離に名無しさんさんが傘の柄を少し上にあげて俺にも雨が降りかからないようにしてくれた
涙を流すときの感情のようなものが胸のうちを熱くさせた
目も熱くなる
涙など流せない体のはずなのに流れているような頬のくすぐったさに首を振って誤魔化そうとした
今、自分の気持ちが言葉で表せないほど様々な感情が交差している
それは名無しさんさんを疑ってしまった自分自身への険悪と、申し訳なさと、ここへ来てくれたという喜びと
どういう言葉で表現するのか、まだまだ未熟な自分ではわからなかった


「・・・っすみません。すみません」

「ど、どうしたのジェノス君?大丈夫?」


ただ今は謝罪の言葉しかでなかった








とりあえず、足場も悪いし森は出ようとなった
いつもならば人が多いはずの道を、一つの傘で二人歩く
ぽつぽつとした会話は、雨に消されて行ってしまう
だけど俺は確かな幸せを感じていた
名無しさんさんが近くにいる。それだけで、心というものがあるかどうかはわからないが、そう表現するものが温かくなっていく
この幸せをずっと先も続けたい
そんな欲望が次々と溢れ出してしまいそうだった
だがあいにくこんな天気では告白しようという気もどこかへ消えていってしまった
だが今やらなくてはならないことは、どこか店内へ入ることだ
名無しさんさんが小刻みに震えている
もう夜で雨も降っているものだから寒いのだろう
しかしもうこんな時間ではほとんどのお店は閉まってしまっている
・・・本当に俺はどうしようもない奴だ
こんな天気の日に足場の悪い所へ呼び出して、しかも何もせずに終わってしまう
名無しさんさんが損してばっかりではないか
こんな自分が人を幸せにできるわけがない
ふと、明かりがついている看板をみつけた
あれは――・・・


「名無しさんさん!もしよかったらあれ・・・!」

「で、でもこんな時間だし終わっちゃうんじゃないかな?」

「俺、聞いてみます」


それはプラネタリウムだった
なんという奇跡だ
星空の代わり、とまではいけないがせめてプラネタリウムだけでも見せてあげたい
しかし時間をみるとおそらく終わりだろう
けれどかすかな希望を持ってプラネタリウムの中へ入る
そこにはここの管理人のような人が掃除をしていた


「すみません。もう上映はしてないですか」

「おぉ。こんな時間にお客が来るとは。申し訳ないが、上映どころかここも閉めようとするところだ」

「そう・・・ですか」


まったく、なんて恥ずかしいやつなのだろう
今はとても消えてしまいたかった
かっこいいところなんて一つもなくて、名無しさんさんを感動させたくてあれこれ考えていたというのに結果はこうだ


「・・・すみません名無しさんさん。別の場所、行きましょうか」


大人しく帰ろうとして、ドアへ手をかけたところ後ろから肩を叩かれた
振り返ってみると、さきほどの管理人のような人が俺を見上げている


「しょうがない。せっかく雨の中来てくれたんだ。かわいいお二人さんのために、特別上映してあげましょう」

「本当ですか!?やったー!よかったね、ジェノス君」


まさかのことにすぐにお礼の言葉が発せなかった
少しの間自分を失っていたが、正気に戻りお礼を言う
お金を払い、チケットをもらって中へ入った
中は薄暗く、赤い椅子が円状にたくさんある
中央には球型の大きい機械が置いてありそこから薄く光が漏れているようだった
薄暗い中、名無しさんさんの手をソッと支えた


「暗いので、足元気をつけて」

「ありがとう」


数多くある席へ座る
他の席は閉まっており、当然のように音はほぼなかった
まるで二人っきりの世界のようだ


「それでは、上映を開始いたします」


あの人は管理人で正解だったのだろう。管理人が真ん中の機械を押す
すると一気に光が、星が、中央から拡散していきあっという間に宇宙の空間を作り始めた
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