短編2

□今までで最高は五股
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名無しさんとの出会いは正直、おぼえていない
それほど、名無しさんとの楽しい思い出が上書きされている
まさか僕が一般の女性とお付き合いするだなんて自分でも信じられなかったのは過去の話である
今では名無しさんと出会えて、心の拠り所の存在になれて嬉しいという気持ちでいっぱいだ
初めて自分以外を守りたいと、美しいと、傷つけられたくないと思えた
今まで演じてきた役で「馬鹿らしい」と思っていたが、案外悪くない
どこに惚れたんだ、と聞かれても答えられないほど僕は名無しさんに惚れこんでいるらしい
仕事やヒーロー活動で会えない時が多く、一ヶ月に一回会えたらいいほうでひどいときは三ヶ月も会えないときもある
それでも暖かく迎えてくれる笑顔に、僕は「愛されてる」と更に自惚れることができた
今も


「・・・フ」


名無しさんからの「撮影頑張ってね!しっかり録画してるよ〜」というメールに無意識に笑みが零れた
携帯をしまい、撮影現場へ足を踏み入れる
色が様々使われているが、それでも統一感のあるセットで現場を盛り上げてくれそうだった


「今日のゲストは、ヒーローとしても俳優としても大活躍のアマイマスクさんです!」

「よろしくお願いします」


今日はドラマの宣伝役も兼ねた特別出演だ
この番組は《ドキッ!世界のビックリ事件》という世界が起こった本当の事件に関して、紹介していくドキュメンタリーバラエティだ
面白いコメントを残すのは得意なほうではないが、名無しさんが観るんだ
しっかりかっこいいところを見せなくては








撮影が始まり、世界で起こった事件が様々紹介されていく
どれもこれも、バラエティというだけあってアホな犯人ばっかりだった
言い訳がくだらなかったり、逃走経路に穴が開いていたり
でもそれが面白く周りは笑っている
僕も周りに合わせ笑っているが、心の中では悪態ばかりついていた
悪というものは本当に美しくない
どんな理由があっても僕の中で悪は等しく悪でこの世から排除しなくてはならない存在だ
どんな犯罪者でも許すわけない
こんな面白くも無い映像を淡々と流すように眺めていた
だが、とある映像にぴくりと眉が動く
その事件は《密着!妻の浮気現場へ旦那が突入》というものだった
内容はこういうものだった


出張が多くあまり家に帰って来れない旦那が、久々にあった妻の様子がおかしいと
そこで浮気を調査してくれる団体があると
そこで調査をお願いしたとのこと
調査結果は、思っていた通り黒星であった
現場へ突入した旦那は浮気相手と妻と言い合いになる
結果は、この夫婦は別れることになったと
そのとき妻の言った
「さびしかったのよ!!貴方に会えなくて!!どうしたらよかったのよ!!」
という言葉


「・・・」


そこで映像は終わった
この事件について話し合っているタレント達の声はどこか遠くへ聞こえ、自分ははるか遠くにいるように感じる
自分もここの現場の人なのだ、と意識が戻ったのは司会がこちらへ話を振ってからだ


「アマイマスクさんはどう思いますか?」

「あっ・・・と、えー・・・」


コメントがすぐだせなかったことに対して、少し自己険悪する
・・・僕らしくない、こんなこと
大体何を不安がったんだ
僕らは今の映像で流れたような、会えないだけで破局するような脆い関係じゃないだろう
確かに名無しさんは寂しい思いはしているだろうが浮気はしないだろう
だって眉目秀麗、一騎当千、という欠点がない僕と付き合っているのだから
僕が名無しさんを愛しているように、名無しさんも僕のことを愛してくれてるのだから
そんな名無しさんからの愛を疑うなんて
しかし、一瞬でも思ってしまった不安は水を吸って行くスポンジのように大きくなっていく
早くこの気持ちが破裂してしまう前に名無しさんの声が聞きたかった


「それでは十分休憩です」


その声を聞いてすぐ、スタジオから少し離れ携帯を取り出した
もちろん表示へは名無しさんの名前を映す
耳にあて、彼女の声を待った
「どうしたのアマイ?」なんていう普通の言葉が聞きたかったし、安心したかった
「愛してるよ」と言ってほしかった
「愛してる」と言いたかった
増幅してしまった不安を綺麗に拭ってほしい
お願いだから、早く電話にでてくれ


「―・・・もしもし」


鼓膜に届く声
だがそれは名無しさんのものではなく、男のものだった
知らない、男の声
頭が真っ白になり何も考えられなくなった
携帯を持つ手が震える
電話の奥で何か話しているようだったが、耳には届かなかった


「それでは開始しまーす。みなさんスタジオへ戻ってください」

「アマイさん。戻りましょう」


マネージャーが僕の肩を引っ張ったところで我に帰った
呼吸が短くなるが、切り替えなければならない
駄目だ駄目だ。違う。絶対違う
今は不安を自分で拭うことしかできなかった
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