短編2

□Q、√3−2+7×0,77
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放課後の教室に二人っきり
温度のない光が窓際の机を照らした
静かな教室に音を先に漏らしたのは荒北君からだった
唇を僅かに開け、ため息を吐く


「名無しさん……」


私の名前を呼ぶ
声色は失望してしまうような諦めの声だった
握る拳に力が入る
わかってる。この先に荒北君が言うことを
わかっているはずなのに、どうして震えてしまうのだろう
覚悟できていたことなのに
ついに荒北君が、完全に諦めたようだ
首を振る
「諦めないで」そんな心にもないことを普段なら言えるのに今に限って言えなかった
今更そんなことを彼に言ったって何の足しにもならないことをわかっていた
だから私は荒北君の言うことを受け入れることにした


「この問題も意味わかんないんだケド。どうしてこーなるワケェ!?」

「それはこの公式使って、それでこう計算するわけ」

「なるほどネ」


お前自分でわかってるのか?
二十問中自分一人でできた問題を?
0個だぞ?
ノートに向かい必死な形相でシャーペンをガリガリ鳴らしている荒北君を恨めしそうに睨みつける
どうしてこの男のために私の貴重な放課後の時間が奪われてしまうのか
早く家に帰って漫画読んだり、アニメ観たり……
おい今暇人じゃねーかって突っ込んだ奴正直にでてこい
せめて、せめてだ
放課後に男女二人っきりでお勉強というラブコメ展開なのだからもう少し甘い雰囲気になってくれればいいのに
残念ながら荒北君にはそんな気遣いができる器用な男ではなかったらしい
まぁ顔からして不器用そうだし
別に貶しているわけではないが
三日前の自分を恨むのも後の祭りであった
荒北君は特に頭が悪いというわけではないのだが、今回のテストはアウトのゴールテープを切りそうらしい
というのも部活の大会が近いらしく、当然練習も厳しくなるそうだ
もちろん授業中は最適な睡眠時間となり、テスト間近になり焦るという王道パターンになってしまったというわけだ
それを運命的にも隣の席であった私に勉強を頼むのは何故なのか
責任としてこの展開を少女漫画にしてこい


「名無しさん次この問題」

「ヘイヘイ」


でも意外にも真面目にやってくれている
勝手なイメージだと、すぐに匙を投げ出しそうなのに
きっとテスト赤点取って大会の日に補修という事態をまぬがれるためだろう
努力屋だなぁ荒北君は
少し羨ましい気もする
私は勉強に一生懸命でも、部活に一生懸命でもない
何かを一直線に頑張れるものがないのだ
毎日を怠惰に過ごして、同じようなことの繰り返し
荒北君のような人生って、辛いこともあるんだろうけど楽しいんだろうな
一枚目の問題用紙が終わったらしいので二枚目を渡す


「今度は自分の力で頑張ってみてね」

「ア゛ァ!?」


元ヤンでてますよ荒北さん落ち着いて
ムキムキ体育教師も震えるような顔で問題用紙と睨めあいっこを始める
どうやら勝利したのは問題用紙であった
渋々とした顔で問題にとりかかる
荒北君の一生懸命にやるかっこよくない目を見つめる
どうしてこんなに必死になれるのだろう
何も目標もない人生を歩んでいる人間からは疑問しか感じられない
でも、なんだか
何かを頑張らなきゃという気持ちにさせてくれる
ふと、荒北君のシャーペンが止まり顔を上げた
やば。見つめてたのバレたのかな
予感は当たったようで荒北君はふざけるように口角を上げる


「ナァニィ名無しさん。俺が男前だから見惚れてちゃった感じィ?」

「頭冷やせ」

「知ってるわボゲェ!!」

「……強く生きろよ靖友君」

「逆に傷つくからやめてくれナァイ!?」


彼に生きる希望を誰か与えてやってください
慰めの意味をこめて肩をぽんぽんしてあげたら手を振り払われて荒北君は問題へ戻った
……見惚れた、なんてあながち間違いでもなかったのかもしれない
「ホラヨ」と言って差し出された問題用紙を受け取り赤ペンを用意する
紙とペンの摩擦音が私達の周りに小さくなった
おぉ、すごいじゃないか荒北君
今のところ丸が続いていた
そして……


「意外にやるじゃナァイ!?」

「真似すんじゃねーヨ!!」

「別に真似してねーヨ」


そう言った瞬間に頭上に拳が降ってきた
女子に容赦ないな荒北君!?
今日のお勉強は私の頭の痛みが治まってから終了した
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