短編3

□玲瓏の世界を踏みしめて 後
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水分の後は、固形物を胃は望んだ
まだフラフラとする身体に鞭を打ち町へ出る
明るい陽射しがとても眩しい
そして、人々で賑やかであった
……いや、賑やかすぎる
人々が、ガロウの行く先と逆へ向かっていた
サイレンと悲鳴が混ざり、不協和音がガロウの眉を顰めさせる
音の反響が、怪我に痛い
人の波に逆らい歩を進めてゆく
おそらくこの警報は怪人の発生だろう
なら、ヒーローもいるはずだ
ヒーローへ勝負を挑むわけではない。観察したいのだ
相手を知る、というのはとても大切で、知れば知るほど相手の攻撃パターンが予想しやすくなる
この人混み。気配を上手く消せばガロウだと気づかれないだろう


『キャーシャッシャッシャ! オレ様は最強の怪人、フヌヌケよ!! ニンゲンども、オレ様の命令に従えェ!!』


ガロウは失望のため息を吐く
あんなに多くの人が逃げていたから、大層な怪人かと思いきやこんなに雑魚ともいえる怪人だったからだ
だって、こうして後ろにガロウが十メートル以内に立っているというのに怪人は気づく様子もない
ガロウは踵を返そうとした
どうせこんな災害レベル虎ほどの怪人に、A級以上のヒーローが来るとは思えない
ただ少し、気にかかることと言えば「最強の怪人」と名乗ったことだ
しかし、それだけで勝負を挑むほどガロウに体力はない
ここは大人しく帰り、休息を取って、強いヒーローに挑む
五歳児でも分かる効率だ


『フハハハハ!! 所詮ヒーローも、人質がいれば手をだせぬとはな!! 女よ、可哀想だな俺に捕まって!』


足を止める
前言撤回。ガロウは手刀で怪人の首を斬った


『なっ……!?』


離れてゆく胴体に、怪人は目を見開く
そして、何もかもを理解できないままドスリと頭が地に落ちた
ガロウが醜い頭を、軽蔑の目で見下す
人質を取り、何が最強の怪人か。そんなものに頼るなど弱者のすること
だからこそ、許せなかった。自分が目指す「最強の怪人」を名乗ることに
軽々しくその称号を、目標を、夢を口に出すんではない!
一瞬の怒りに身を任せてしまったが、すぐに冷静となる
何をしているのだ自分は……
ため息が出てしまう
今度こそ帰ろう、としたがうずくまる少女に目が止まった
この少女が、あの怪人に人質を取られていた女子だ
注目するのは身に纏う制服だ
灰茶色のブレザー。あまりに見覚えのある制服
少女が、ゆっくりと顔を上げる


「――!!」


呼吸が、止まる。呼吸だけではない。ガロウの時間が止まったような気がした
ひょっとしたら、自分はまだ夢を見ているのか
ガロウは、声帯を締め彼女の名を確かめるように発しようとした


「後ろ!!」

「ッ!?」


ガロウが振り向けば、先ほどの怪人の胴体だけが、拳を大きくし振り下ろす瞬間であった
普段のガロウなら、不意打ちであったとしても容易く避けて完全にトドメをさせていただろう
だが今は、疲労困憊で怪我をしている身体と、意識が彼女に集中していたせいで、怪人の拳はガロウの頬に直撃した
が、それだけではない。ガロウも咄嗟に腕を突き出し怪人の胸骨の間を貫通させている


「――!……!」


遠くで、誰かが叫ぶ声が聞こえる
声を出そうとしても、上手く喉が動かせない
喉だけではない。身体も、思考も、全てが底のない穴へ落ちてゆく


「あ……」


倒れたガロウを見る少女
肩を揺らしてみるが反応はない。声をかけても、うんともすんともしなかった
サイレンの音が聞こえる。これは、救急車の音だ
良かった、と少女は安堵する


「あれ……この人、」


見たことがある。と気づくのと同時に、冷や汗が出た
徐々に近づいてくるサイレンが聞こえなくなるほど、自分の心臓の音でうるさい


「貴方……は」
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