短編3

□玲瓏の世界を踏みしめて 前
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「チッ……クソが」


最後に思い出せる光景は、あのヒーロー協会最強と言われるS級八位のキングに、渾身の一撃を喰らわせようとしたところ、返り討ちにあったところだ
途中、A級ヒーローに出くわしたが、休養が必要だと判断したため、適当に見つけた小屋へ戻って来た
家、としてここを建物と認識するのなら、吹き抜けはすごく、床となっている板はボロボロで最悪だ
だが、浮浪者にはとってはこれ以上ない良物件であった
ボロボロのソファに寝っ転がる
ソファの生地がチクチクと肌を刺した


「チクショウ……もしあの時、キングに喰らわせていれれば」


自分は今、怪人最強になっていたかもしれない
いいや、キングだけではない
もしあの時、番犬マンに勝っていたら
いいや、もしあの時一撃が当たっていたら
いや、いや、もしあの時あぁ避けていたら
いや、いや、いや、もしあの時動きが違っていたら
ガロウの頭の中に”もし”という考えが無限に生まれる
その”もし”の可能性は過去にまで遡ってしまう
もし、あの時あの理不尽に勝てる強さがあったなら
もし、あの時テレビに夢中になっていなかったら
もし、あの時あの時あの時……
……もし、自分が普通の生活だったら


「くだらねぇ……」


怪我した箇所が炎症しているせいで、熱が引かない
ドロリとした眠さに抗うことをせず、ガロウは瞼を下ろす








「あ……?」


目を開ければ、見知らぬ場所だった
大きな緑色の板。たくさんの机と椅子。灰茶色のブレザーを着た人達。様々な話声
まさに、教室という単語が当てはまる
何故自分がここにいるのだろう


「ガロー君! もう少しで先生来ちゃうから座ったほうがいいよ」

「あん?」

「社会の先生がうるさいのは知ってるでしょ! ほら早く早く」


見下ろせば、椅子に座った少女がガロウに話しかけていた
どこにでもいそうな、至って普通の少女だ
まだこの世界を理解しておらず、呆けていたガロウはいつのまにか素直にその言葉に従っていた
座って、もう一度辺りを見回してみる
開いている窓はカーテンを揺らし、同一の制服を着た少年少女達は軍隊のように座り、黒板にはかすかに白い跡が残っている
どこからどう見てもここは学校であった
見たところ、高校、だろうか
小学、中学生にしては皆身体が大きいし、化粧をしてる女子を見るからだ
そして自分が、辺りと同じ制服を着ていることにも気づく
ここは一体……?


「あれ、ガロー君教科書は? ……えぇ!? ガロー君机の中空っぽじゃん!! 何で!?」


声をかけてくれた少女がこちらを見て驚いている
どうしてこの女は自分に対してこんなに馴れ馴れしいのだろうか


「っていうか今日手ぶらなの!? ななな、何でぇ!?」


あぁそうか、ここは夢か。これは夢なのだ
自分が、こんな平凡な場所にいるなんてありえない
夢ならさっさと覚ませてしまおう
自分の頬をつねろうと手を持ち上げた


「もうーしょうがないな。はい。貸してあげるよ。ノートもないんでしょ? ルーズリーフあげる。名無しさんさんは天才なので消しゴムも、何と二個持っているのだよ!」

「……」


自分の机と思われる所に次々と物を置かれる
消しゴム、シャープペンシル、ルーズリーフ。どれも、自分とは無縁な物に思えたのでジロジロと見てしまう


「あ、ほら先生来たよ! ぼーっとしないで!!」

「お、おう」


肩をバンッと叩かれ思わず、「起立」の声と同時に立ち上がってしまう
そして、自然に頭を下げていた
教壇に、小太りでスーツを着た男が教科書を開き黒板に書き始めた
生徒たちは、それをノートへ書き始める
その様子をガロウはただ呆然と眺めるしかない
自分が集団生活の中にいるという自覚がふわふわと浮いてしまう


「ガロー君? どうしたの、具合悪い?」

「……」


この夢は、もし、の可能性の一つなのか
もし、自分が普通の生活をしていたら
という"もし"の世界の夢かもしれない
夢にしては輪郭がハッキリしているが
そうか、自分はもし普通の生活をしていたらこんな感じなのか
あまりにも、普通で、平凡で、つまらない
くだらない。あまりにもくだらない
こいつ等は正気なのだろうか。こうして、ただ大人が言うことをこんな紙っきれに写して何になるというのだ
こんなことをしている別の場所では、怪人が来ていたり、ヒーローが戦っていたり、戦争をしているというのに


「じゃあガロウ、民族主義、民権主義、民生主義の三か条を何というか答えてみろ」

「……」

「ガロウ?」

「……」

「ガロウ!」

「!!」


我に返ったガロウは今までぼやけていた教師の姿がハッキリと見え始めた
見れば見るほどいけ好かない顔をしている


「うるせぇ。んなもん知るか」

「き、貴様教師に向かって何て口を聞いてるんだ!」

「ハッ。人生の経験を少し長く積んだからって何が偉いってんだ?」

「少なくとも、こんな簡単な問題に答えられない貴様なんぞよりはよっぽど良い経験を積んでいる」


だから大人は嫌いなのだ
ああ言えばこう言う。子供だから、という理由で納得のできない言い分を休む間もなく浴びせ、理不尽に丸め込める
今すぐ、この夢を醒ましてもよかったが、この教師を一発殴ってからにしよう
どうせ、夢なのだ。何も問題にならないだろうし、きっとムカつく奴をブン殴って気持ちよく起きられるはずだ
椅子を乱暴に引き、立ち上がる
教師の元へ行こうと足を一歩踏み出そうとしたところ
隣から、腰あたりをツンツンと刺された
見れば名無しさんが焦ったような顔をして、ガロウの腰を突いた人差し指を、今度はノートの隅をつついている
そこには“三民主義”と書かれていた
理解が遅れたが、事の発端が何だったのかと思い出した


「サンミンシュギ、だろ」


言い方が片言になっていないか、若干の不安が胸をかすったが、教師の教科書を握りしめる様を見て鼻で笑う


「たく……ガロウといい、どうしてこのクラスはこう問題児が多いんだ!」


ため息と同時に吐き出した罵声は、このクラス全体へ火の粉が降りかかった
片眉を上げる者、怯える者、憤慨を顔に少しだけ表す物、興味のない者もいたが、大体の生徒は不愉快を募らせる


「だからテストのクラス順位でも最下位なんだ! もっとやる気を出しなさい、やる気を!」


浴びせられる罵声に、生徒たちは黙って無視して、この教師の言葉を忘れるしかない
どうせ逆らっても、最終的にはたくさんの大人が束になり、こちらが丸め込まれるのだから
ただ一人、ガロウは口を開けて宇宙生命体と話しているような表情をしている


「おいおい、テメーと話してたのは俺だろ。何でクラスの話になるんだ」

「いいからお前はもう座れ。授業を再開する」

「自分の立場が危うくなったら第三者に八つ当たりねぇ……ハッ、小学生じゃねーんだからよ」

「ガロウ、いい加減にしないと校長室に」

「そうやって他人縋りか? 俺たち子供様と同じなんだな、お前と言う教師は」

「ガロウ!!」


二人の言い争いを制止するかのように、授業の終わりのチャイムが鳴る
我に戻った教師はメガネをかけなおし、深呼吸をし、ガロウを睨め付けた


「ガロウ、終わったら職員室に来い」

「うるせぇな、指図すんじゃねーよ。ハゲててノーヘルみてぇなんだよテメー」

「ノーヘル」


名無しさんはガロウの言ってしまった、主張の激しい単語を自然と声に出していた
教師の頭頂部を一目見て、名無しさんは机に突っ伏す
肩を震わしながら笑いを堪えている
他にも、あちこちからクスクスとした笑い声が上がり、教師は居た堪れなくなって挨拶も無く教室から出て行った


「ったく……何なんだよアイツ」


最悪な夢だ
どうして夢の中にまでムカつく人間に出会わなくてはならなかったのか
頭をかき、外へ出ようとする
少し新鮮な空気が吸いたくなった


「ガロー君!」


名無しさんがガロウを呼び止める
振り向けば、目を大きく開いて、まるで、子供がヒーローを見かけたような表情でガロウへと駆け寄った


「すごいね、ガロー君! あの先生に言い返すなんて」

「そうだぞガロウ! よく言ってやった!」

「いやぁノーヘルは思いつかなかった。すげぇいいと思う」

「ヒューヒュー! さっすがガロウ!」


どうして自分が、喝采を浴びているのか理解ができない
別にここにいる奴らのためとは一ミリたりとも思って言い返していたわけではない
ただ、あの大人がムカついていたから。それだけだ


「ケッ、オメーらも言われるがままじゃなくて少しは言い返せってんだよ」


あのノーヘル教師にムカついたことは確かだが、あんなに理不尽な言葉を吐きかけられても黙ったままそれを認めていたこの集団にも、腹が立った
テメーらの方が、このクラスのこと知ってるんだから怒りが募ったはずだろ
いくら相手が教師だろうが、この人数で立ち向かえば言い負かせたんじゃねーのか


「(って……何で俺は夢の世界なのに、こいつらに同情してんだ)」


自分が馬鹿らしくなり、歩を進める


「でも! 私たちができなかったことをガロー君はたった一人で臆せずに出来たんだから、やっぱりすごいんだよ! かっこよかったよガロー君! ……また、明日ね。バイバーイ!」


尻目に、名無しさんが大きく手を振る姿が見えた
リノリウムとゴムの擦れる音に懐かしさを覚えながら、ガロウは外へ出た
空は薄い灰色の雲に覆われいる
気温による暑さや寒さは感じなかった
生徒たちが話しながら、校門へ向かっている
あの社会の時間は六時限目だったのか、と時間が確認できた
だからといって、どうと言うわけでもないが
おかしなことだ。夢を、夢の世界で”夢”と認識しているとは
帰る宛てもないので、適当に見つけた公園のベンチへ座る


「これが普通の生活かよ」


もし、の可能性である世界
平凡で、普通で、何の刺激もなく、人々は笑っている


「つまんねーな」


ソッと目を閉じた
夢の中でも寝るという事ができるのかどうか、ガロウは知らないが、目を覚ました時には現実に戻っているはずだ
自分のことをヒーローのように見つめる名無しさんが頭をかすった後、意識はおちていった
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