短編3

□素直ではない僕たちに
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アイドルとヒーロー
どちらも完璧にこなそうと決めたのは自分だ
決心したのならば、手を抜くことは許されないし民衆の期待以上の結果を出さなければならない
ヒーローでは、悪の撲滅に絶対的正義
アイドルでは、俳優に歌手にモデル
そしてこの二つに共通する大切なことは、ファンを平等に愛すること
全てを完璧にこなすことが僕の決心であり、覚悟であり信念だった
だが、愚かにも僕はそんな信念を曲げてでも手に入れたかった女性がいた
愛に現を抜かすつもりか?
正義に必要な存在か?
特別な一人を望んで何をするつもりか?
様々な質疑が頭の中で反芻し、最良の答えが出る前に僕は既に言葉を発していた


「名無しさんのことが、好きなんだ。自分でも信じられないよ。よりによって君を好きになるなんて。でも、」


名無しさんは僕の隣でただただ笑っていただけだ
見た目も平凡で、一般人で、昔家が近かっただけというだけの、一般市民だったのに
僕のことをヒーローとしてでもなく、アイドルとしてでもなく、普通の人のように馴れ馴れしく接してくる奴だったのに
いつの日にか、名無しさんに会えない日が気にかかるようになってしまった
他にはない特別な感情をそのまま口に出し告白をしたが、羞恥が募り最後まで言えず頭をかく
恥ずかしさを耐え名無しさんのほうを見てみる
すると名無しさんは涙を溢していた
泣かれるほどのことだっただろうか


「それ、本当?演技の練習とか、いつもの仕返しのおふざけとかじゃなくて?」

「……仕返しだったら、もっとひどいことするさ」


名無しさんはいつの間にか僕に抱き着いて、まるで子供のように泣き始めた
嘘みたい。夢じゃないかな、だってアマイさんと、叶わない恋だって思ってた
よくもまぁ、泣きながら笑顔になれるものだ
ソッと拭った涙は温かい








付き合い始めてからというもの
恋人らしいことは、少ししかしていない
デートしたり、手を繋いだりはした
だがその後は全くもって進んでいない
普通の恋人同士は、見つめ合ったり、寄り添ったり、互いに思っている本心を吐露しあったりするのだろう
だが僕はどうだ
照れ臭くて、名無しさんを見つめ続けることはできない
心臓の激しい鼓動が名無しさんへ伝わってしまうのでは、と抱きしめてあげることもできない
喉元まで出かかった言葉は、飲み込んでしまう
仮面を被って偽りながら生きてきたから、本心を見せるのが難しかった
演技で当たり前のようにできることが名無しさんにできない
こんな僕に、名無しさんは不満を持っていないのだろうか
いつも隣でケラケラ笑っていて、本心は見て取れない


【アマイさん見て見て。ゲームのHPみたいなイルミネーション】


名無しさんからの一通のメール。写真も見れば、ハート型のオブジェにLEDを纏ったものがぶら下がっているイルミネーションだった
綺麗、とか、感動した、などではなく、可愛げのない感想にため息と笑みが零れる
お互いに別々の場所で、違う時間を過ごしているのにも関わらず相手がどんな所でどんな風に時間を過ごしているのか知れることは嬉しかった
もうイルミネーションの季節だったか
そしてイエス・キリストの誕生日


「……クリスマス、か」


当日はクリスマスライブがある
きっと、サンタが駆ける夜空の下で、大切な人と過ごす夜は特別な想いになれるだろう
だけれど、僕は、僕を応援してくれているファン達へお礼がしたい
ファンがいるから、僕は今日もここへ立っているようなものだ
きっと名無しさんならわかってくれる。そう、思ってしまうのは傲慢すぎるだろうか








【もっと綺麗だね、とか言えなかったの】

【だって……本当にそう見えてしまったんですもん……】

【まぁそこが名無しさんらしいけど】

【アマイさんには素直に生きようと思ってるので】


嘘。大嘘だ
アマイさんに素直になれた時があっただろうか
あの時だって、この時だって
本音は隠して見えないようにしまい込んで、表面上だけを見せて笑う
本音をさらけ出せば、会えなくて寂しいし、もっと触れあいたいし、気持ちを伝えたい
だがそんなことを伝えてしまったらアマイさんにとって迷惑になるのだ
彼の道を邪魔してはならない。支えてあげる立場にならなくてはいけない
しかし私はまだ、思考と気持ちがイコールできるほどの人間ではなかった
今だって、イルミネーションの写真を送ったのは「今度一緒に見に行こうか」と誘ってくれるのではないか、と期待していたからだ


【おやすみ。風邪引かないようにね】

【おやすみ!アマイさんも、お疲れさまでした】


携帯を閉じ、毛布にくるまる
見事に期待は打ち砕かれ、そんな想いを抱いていた自分が恥ずかしくなった
アマイさんは忙しいのだ
ヒーローも、アイドルも。どちらも完璧にこなしてこそのアマイマスクだ
私は、彼を応援しなくては
けれども、クリスマスに行われるライブには行けなかった
虚しくなるだけのことが分かっていたから
アイドルとしての彼ではなく、一人の人間として、恋人として彼に会いたかった
クリスマスに、大切な人と過ごし、祝福するのは、イエス様がたくさんの人達の幸せな笑顔が見たいからではないだろうか
夢見すぎな浅はかな妄想を鼻で笑う


「……迷惑だろうなぁ」


机に置いてある、淡い黄色の包み紙を一瞥して電気を消した
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