短編3

□アンチ・クリスマス
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もう少しでクリスマス
クリスマスとはイエス・キリストの生誕を祝う日であり、夜のテーブルにはご馳走が並びケーキも食べることだろう
もしくは、このクリスマスというイベント事を利用し特別な人と過ごすこともあるだろう
元々、宗教に入ってるわけでもないし信仰心もない。神には困っているときだけ助けを求める存在な私にとってクリスマスなど平日に変わりなかった
普段通り変わらず、仕事である


「クリスマスの綺麗な夜景を作ってる私達にボーナス入るべきだと、私思います」

「名無しさんちゃんやめて現実言わないで逃避させて」


隣のデスクに話しかければ死んだような目でキーボードを叩いていた
年末が一番忙しい我が社にとって、二十五日など休めるはずもない
まぁ別に、休みなどいらないが
世間が騒がしいだけで特に変わらない日を過ごす
クリスマスで喜んでいたのは学生時代までだ
ソッと携帯を確認する
画面は静かで誰からも連絡など入っていない


「(ですよねー……)」


付き合っている彼から連絡が来ないことなど、最初から分かっていた
なのに、どこか期待してしまっている自分がいるということは私もクリスマスという祝い事に浮足立っているのだろう
携帯を戻し、作業へと戻った





ヒーロー、イアイアンと付き合い始めたのは一年半ほど前だ
雪が降っていた。町はモニュメントが飾ってありキラキラしていた
ホワイトクリスマスだったのは覚えている
つまり、クリスマスは私達の記念日でもあるのだ
だが私達は社会人であり、しかも彼は休みなどないヒーロー
一緒にデートできる日も限られているし、できたとしても協会からの呼び出しでドタキャンされる日もある
それを覚悟した上でイアイさんと付き合うことを決めたのだから、私は文句も何も言わない
「気を付けて」と背中を押すだけだ
近くにいるのに、遠距離恋愛しているみたい
それでもイアイさんからは大切にされている
私は幸せだ
これからも長く彼に付き添っていたいのなら、会えない寂しさは耐えるべきものであり慣れるしかない
いつだったか、彼は言っていた


「俺は、名無しさんを幸せにできるとは限らない」


それでもいいから、幸せなことばかりでなくていいから、イアイさんの傍にいたい
「それでもいいので、隣にいさせてください」と返したんだっけ
……会えない寂しさを忘れるために、仕事に没頭するしかない
彼に会えるのは仕事のご褒美だと思えばいい
それでも、欲が出てしまうのは、特にクリスマスの今日に会いたいと思ってしまうのは、やはり私もクリスマスモードになってしまっているのだろう


「名無しさんちゃん見て。雪」

「うわ……最悪」


前言撤回。本来ならクリスマスの奇跡、とも言えるホワイトクリスマス、即ち雪に「綺麗」だとか「神様も喜んでる」とかそんな可愛いことよりも現実的に考えてしまった
雪が降っていても、寒いし電車は止まるしで良いことなどあるだろうか
でも、少しだけ良かったなと思うことはイアイさんにメールできる口実ができたことぐらいだ


”雪が降ってきました。気を付けてくださいね”

”そうだな。名無しさんも気を付けて。電車が止まる前に帰るんだぞ”


絵文字など一切ない文面だが、それが彼らしいところである
たった、これだけの会話でも胸が弾む
次はいつイアイさんとデートできるだろう
そろそろいい時間でもあるので帰る支度を始めていたらもう一度携帯がブルッと鳴った
確認してみると、イアイさんからだ


”俺たちが付き合い始めた日もクリスマスで雪が降っていたな。……今年も会えなくてすまない”


イアイさんが謝る必要なんて全然ないのに
記念日を覚えてくれていたことが嬉しくて
携帯をギュッと握りしめ、口角が上がらないよう我慢する
あぁ、こんなことで喜んでいるとは、青春を過ごす少女ではあるまいし


「名無しさんちゃん、どうかした?」

「ううん、なんでも。それじゃ、私帰るね」

「待ってー私も帰るー!」


心の内を熱くさせたまま、寒い夜空の下へ出る
イアイさんも頑張っているだろう。無茶しすぎなければいいのだが
上を見上げながら仮想で作られた不確かな存在に、「イアイさんとの時間が、少しでもいいので欲しいです」と願いながら帰路につく
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