短編3

□夏だ! 海だ!!
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──一方、海係


「……釣れねぇなぁ」

「そうだな」


海辺で波の音を聞きながら数時間が経っているだろうか。
ブシドリルは退屈そうに欠伸をした。
イアイアンは同意し、海と空の境界を見つめるばかりだ。
海に紐を垂らしているが、一向に動く気はない。
本来はブシドリル一人が釣りするところだったが、イアイアンも来てくれたので二人ですることになった。
スティンガーやワンショッター、テジナーマンは海に潜っている。
何故ならこの三人は、持ち物は銛を持ってきていたのだ。
ブシドリルが持ってきたのはラジオだった。
無人島に着き、海へ向かうときに気付いたのであった。
イアイアンはやれやれ、と仕方なく一緒に釣り竿を作り、今こうしてのんびりと魚を待っていたのだ。
釣りは忍耐とは聞いていたが、ここまで何も起こらないとは。
もしかすると、夜まで何も釣れないのでは? その心配を表に出さないように、ブシドリルは雑談を始める。
一人でなくて良かった、と心の奥底から思う。


「イアイお前良い奴いないのか?」

「良い奴って……」

「勿論、女のことよ」


おじさんになると、若い者の恋愛話を聞きたくなる。そうブシドリルは言った。
ブシドリルはニヤニヤしながらイアイアンの方を向いた。
しっかり釣り糸を見ていろ、と思ったが暇であるので雑談に乗ることにした。


「そういうのはいらん。剣士として、ヒーローとして、余計な事は考えない」

「なんだ。つまらん奴だな」

「そういうお前はどうなんだ?」


イアイアンの反撃が始まる。ブシドリルは目を見開き、カウンターを喰らったかのように驚いた。
カッカッカッカ、と笑い弧を描いた顔のまま、イアイアンに言う。


「俺の過去はそりゃあもう女にモテモテだったぜ。でも今はヒーローだしな。女で遊んでいる暇はない」

「俺と同じ返答じゃないか」

「まぁ、でもそうだなぁ……」


ブシドリルが、釣り竿を持っている反対の手で顎鬚をさする。
何か考えているようだ。


「俺があと10若くて、アイツ女だったら、名無しさんと付き合ってたところだな」

「は?」

「名無しさんは強くて話が分かる奴だからな。一緒に稽古して、怪人を倒して、眠る……良いヒーローコンビだと思わないか? って……イアイ! 引いてる引いてる!!」


イアイアンの釣り糸が海の方向へと引っ張られていた。
しかし、イアイアンは動けない。口をパクパクさせることしかできなかった。
我に返ったのは、釣り糸が完全に海へ引っ張られてからだ。


「しまった」

「おいおいどうしたんだよイアイ」

「……すまない」

「俺が名無しさんと付き合いたいって言って、嫉妬しちまったかぁ〜?」

「ち、違う!」


ブシドリルは相変わらずニヤニヤしたままだ。
イアイアンは否定の言葉を出したが、頭の中ではグルグルと考え込んでいた。
名無しさんが誰かと付き合う想像してしまったから。
名無しさんの隣に誰かがいる。自分が知らない表情をして、デートして。
自分ではなく、その人を優先して一緒にいる時間が少なくなる。
楽しそうにその人の話をする名無しさんが、頭の中だけの妄想だけれど、チリチリとした痛みが感じるのだ。
いずれそうなることは分かっている。人生が違うのだから。
それに自分は名無しさんの幸せを願っている。なのに名無しさんに大切な人ができたら、こんな気持ちになるとは。
人はそれを嫉妬、と呼ぶがイアイアンは認めない。認めたくないのだ。
そんなイアイアンを見るのが楽しいのか、ブシドリルは質問する。


「じゃあ好きなタイプは?」


どんな返答が返ってくるのか、ワクワクしてしまう。


「……」


イアイアンは考え込んでいる。


「……信念が強く、勇敢で、……でも一番は、一緒にいて楽しい人、だな」


名無しさんではないか。ブシドリルはそうツッコミたいが言えば怒られそうなので言わなかった。
おそらくイアイアンは本当に名無しさんは友人だと思っているだろう。しかし気付いていない。名無しさんに特別な感情を抱いていることを。
友情以上愛情以下、とはこのことだろうか。
言葉にするには難しい、複雑な感情がイアイアンの中にあった。


「おーい、イアイ? ドリルさん?」


後ろから名無しさんの声がした。
肩を跳ね上がらせたのはイアイアンで、後ろを向いて片手を上げるのはブシドリルだ。
ヨッと軽く挨拶をした。


「調子はどう?」

「ぜーんぜん」


名無しさんの質問にブシドリルは唇を尖らせた。
イアイアンは下を向いて、誰にも顔を見られないようにしていた。
しかしそんな行動は無駄に終わる。
名無しさんはイアイアンの隣に座ったのだ。何も考えず、意図せず、隣に座ったのだ。


「どうしたイアイ」

「……いや」

「ドリルさん何かしただろ」

「いやぁ別に?」

「したんだな」


名無しさんはブシドリルへとため息をつく。その息は呆れと少しの怒りが含まれていた。
ブシドリルは少し恋バナしてただけだ、と言い名無しさんも混ぜることとした。


「名無しさん、好きなタイプは?」

「えー、あんまり考えたことなかったな……」


ブシドリルはまたしてもワクワクであった。名無しさんの恋愛関係話は何一つ聞いたことなかったから。
ヒーローはあまりにも色恋感情が少なすぎる。それは、毎日が命がけであるから恋愛している暇がないからだ。
恋人が欲しい、とぼやく者は沢山いた。しかし名無しさんからは一言も聞いたことが無い。
ファンも沢山いて、容姿端麗であるからモテにモテまくる名無しさんのタイプはどんな人なのか、気になるのはブシドリルだけではなくイアイアンもだ。
名無しさんは腕を組んで考え込む。


「そうだなぁ……強いて言えば一緒にいて面白い人がいいよな!」


イアイと同じ答えだー!! ブシドリルが大きな声で言いたかったが堪えた。
叫んでしまうと名無しさんにうるさい、と怒られそうだからだ。
イアイアンが顔を上げ、名無しさんを見つめていた。
どんな返事をする……? 今までワクワクしていた返答が、ドキドキと不安で動いてしまっている。


「俺も同じだ! 些細なことでも笑いあえる関係がいい」

「イアイも? 一緒にいるなら楽しいほうがいいよな」


どうしてこの二人は付き合っていないのか。本気でそう思うブシドリルであった。
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