短編3

□間違い探しは得意だぜ
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【ご趣味は何ですか?】

■0



「ん……?」


目覚めたら、知らない場所にいた。
ここはどこだろうか。
ムクリと起き上がり、周りを見渡す。
やはりここはどこだか分からないが、見覚えがある。
見覚え、というよりは似たような場所を知っているだけだ。
ここは、地下鉄だ。


「おーい。誰かいますかー?」


声は反響するだけだ。
首を傾げる。こんな所に来た覚えがない。
昨日は寝てただけなのに。
一先ず、歩いてみる。
するとポスターを見つけた。
目に入ったので読んでみる。


「どれどれ……」


あなたは無限に続く地下通路に閉じ込められている。
周囲をよく観察し、「8番出口」まで辿り着こう。

異変を見逃さないこと

異変を見つけたら、すぐに引き返すこと

異変が見つからなかったら、引き返さないこと

8番出口から外に出ること


「……?」


書いてある意味が分からない。
"異変"とはどういう事だろうか。
考えても拉致があかない。一先ず出口まで歩こうではないか。
そう思い、出口であろう一本道を歩く。
なんてことはない、普通の地下鉄だ。壁にはポスターが6枚と扉が3つ。
電灯もLEDだ。となると、こことはA市だろうか。
向こうからスーツを着たサラリマーンが歩いてきた。
なんだ人もいるし、ここは普通の地下鉄か。
そうして、普通に歩き出口があるであろう先へ向かった。


「あれ?」


先ほどと同じ風景。
同じポスターがあるだけだろうか。
もう少し歩いてみる。


「嘘でしょ」


先ほどと同じ6枚のポスターと扉が3つ。
どう見てもさっきと同じ風景じゃないか
そして、また同じサラリマーンが歩いてくる。
無限ループだ。"閉じ込められている"とはそういう事か。
何故こうなったのか、何故私なのか。
まぁそんな事はどうでもいい。こんな所は早く出よう。
そう思い脚を上げる。蹴りの構えだ。
そして蹴った。
その威力はコンクリートが粉々になるのは勿論、惑星が半壊するほどの威力だ。
だが、その蹴りは空を切ったように何も起きない。
確かに、壁を蹴ったはずなのに傷一つ付いていない。


「あれぇ?」


脚を下ろし、壁に触れる。
確かに蹴ったはずなのに、何も感じない。
壁には傷一つ付いてない。


「なるほどねぇ。力では解決できないわけだ」


汗が垂れた。
どうやら真面目にやらないといけないようだ。


■1
それにしても"異変"とはどういう事だろうか。
そう思い歩いていると、サラリーマンは歩いてこない。
代わりにいたのは


「名無しさん、こんな所で何をしているんだ」

「……!!」


サラリーマンの代わりにいたのは、金髪の少年。
だが、名無しさんの知る少年ではない。


「ジェノス君、どうしたのその体」

「? 何のことだ」


普段の彼は金属に覆われた身体だった。
しかし目の前に立つジェノスは生身の人間だ。
名無しさんは後ろを向き、走り出す。
”異変”とはこういう事か。
この世界を作り出した者はなんて趣味が悪いのか。


■2
また同じ風景。
この狭い空間で同じ光景を見せられるのは気分が悪い。
早くここから脱出しなければ。
今度は"異変"が無い事を祈るばかりだ。
サラリーマンが歩いてくる。いつも通りの光景に見えた。
奥で、棒に人が刺さっている。
異変だ。確かに異変なのだから戻らないといけないのに。
近づいてその人物を見る。
その顔は青白いのはいつもだが、赤い瞳は瞳孔が開いている、腕もダランと下がっている。


「ゾンビマンさん?」

「……」


返答はない。
手首に指を添えてみる。脈がない。


「ゾンビマンさーん?」

「……」


頬を叩いてみる。
しかし反応はない。
何をしても反応がなかった。まるで死んでいるみたいに。
……いや。みたいではない。死んでいるのだ。
ゾンビマンが死んでいる。
今回の異変だ。
また後ろへ振り返り、走り出す。
ゾンビマンが死ぬことを、名無しさんは想像できなかった。
しかし、もし彼が死んだら名無しさんはこういう感情になるのだな、と感心した。


■3
また同じ部屋。
次はどんな異変があるのだろう。
今度は、サラリーマンではなくスーツを着たソニックが歩いてきた。


「あれ、ソニックどうしたのその恰好」


ソニックは名無しさんの方を見ずに、スタスタと歩いている。
無視されたことに腹が立った名無しさんは、ソニックの前に出る。
それでもソニックは名無しさんにぶつかっても、進めないにも関わらず脚を動かしている。
まるでゲームのキャラクターのようではないか。
ソニックがゲームの世界のキャラクターのようだ。
名無しさんはこれも異変だと分かっていても、暫く動けなかった。
それは恐怖や喪心ではない。
ソニックが一般人だったら、こういう風になるのだなという関心からだった。
スーツ姿のソニックは、忍者の面影すら感じない。
名無しさんはソニックと逆の方に歩く。
ポスターの数字は進むばかりだ。


■4
同じ部屋。
いつになったらここから出られるのだろう。
一生出れなかったらどうしようかな、と考える。
お腹空いたら、喉が渇いたらどうしよう。
しかし不思議と名無しさんは、空腹や渇きを感じていない。
まだ大丈夫そうだ。
また同じ光景が見えると、そこにいたのはサラリーマンではない。
ボロスがいた。
しかし、名無しさんの知るボロスではなかった。
いつか迷路がしたいなと思っていた顔の線がないし、刺々しい鎧ではない。
漆黒の鎧を身にまとい、ボロスとは似ても似つかない。
異変だと分かってはいる。しかし話しかけてしまう。


「誰?」

「……貴様こそ誰だ?」


声もボロスだ。
名無しさんは自然と、彼の股間に目をやってしまった。
……羊のような物をつけていた。


「何だその股間は」

「ほう、この俺に向かってそのような言葉を投げかけるか」


名無しさんは面白い物を見た、と思い歩いて戻った。
後ろからボロスに似た宇宙人に殴られたが名無しさんは振り返らずに歩き続ける。
宇宙人は攻撃が効かないことに驚いてしまい、名無しさんを追いかけることはなかった。




■5
そろそろ同じ部屋は飽きてきた。
あくびをしながら歩く。
せめてこの空間にゲームなど、娯楽があればいいのになと思う。
次の異変は何だろう。


「あら」


そこには、いつもと同じ部屋だけれど、怪人がいた。
そして幼い子供と、一人のヒーロー。
そのヒーローは名無しさんも知っている人だ。
弱い者は守り、強い敵にも怯まず、困っている人を助ける。
ヒーローの中で最も高潔な精神を持つ、無免ライダーだ。


「うおぉぉぉぉ!!」


無免ライダーは、怪人に向かってパンチをした。
しかしそのか弱いパンチは怪人にとって蚊が止まった程度だ。
怪人が、無免ライダーにデコピンをする。
無免ライダーはこちらに吹っ飛んできた。


『クク……! 弱い者いじめは楽しいなぁ!!』


怪人が幼い子供を片手で持ち上げた。
大きな口を開き、今にも子供を丸のみしそうだ。
子供は、泣いている。この場に反響し、ビリビリと空気を震わすような恐怖の泣き声。
ヒーローならば、どんな手段でも子供を助けるだろう。自分の命に引き換えても。
無免ライダーのほうへ目線を落とす。


「う、うわぁぁぁ!!」


無免ライダーは、名無しさんが来た方向へ走っていった。
つまり、怪人から逃げたのだ。
怪人は無免ライダーを見届けると、子供を丸吞みした。
名無しさんは、ただ一連の悲劇を見届けた。
怪人は、お前も舞台にあがれというように襲ってくる。


「はぁ……嫌なもの見ちゃったな」


先へ進む。血によって足跡がつくが名無しさんは気にしない。
どうせ次になったら綺麗になっているのだから。



■6
何回目だろうか。この場所に来るのは。
まだ二桁まで来ていないが、名無しさんはもっと長くここへいる気がしている。
そういえば、喉が渇かない。お腹もすかない。
不思議だ。


「また異変か……」


怪人とキングが、対立している。
このまま素通りしてもいいが、キングに何かあるのは気分が悪い。
名無しさんはキングの前に立とうと、走る。
だが、名無しさんがキングの前に立つ前に怪人が木端微塵となった。
キングの拳は血にまみれている。
倒した。キングが怪人を。
茫然とし、キングの隣に立つ。
キングはこちらを向いて、笑った。


「名無しさん氏! 俺やっと強くなったよ」


そう笑うキングに名無しさんは返事をできない。
異変だ。このまま戻らないと。
でも、名無しさんは戻るのを躊躇ってしまう。
せっかくキングの夢が叶ったのに、これを異変というのはあまりに残酷だ。
夢が叶うことが、異変だなんて。
名無しさんはキングに、悲しい笑みを返す。


「ごめんね、キング」


そう言って、名無しさんは後ろへ走った。
キングの夢が叶ったけれど、その強さは偽物だ。
努力して手に入れたものではない。
努力しないで強くなったキングを肯定することは、現在強くなろうとしているキングを愚弄すること。
名無しさんはキングの努力を笑いたくなかった。



■7
そろそろ慣れてきた場所。
いい加減出してくれないだろうか。
廊下に顔を出すと、そこには女性が三人立っている。


「名無しさんあんた何してんのよ!」


こちらに怒鳴ってくるのはタツマキだ。
超能力のおかげか、宙に浮いている。


「名無しさん、大丈夫!?」


心配そうな顔をして、名無しさんの身体に触るのはフブキだ。
フブキも宙に浮いている。


「……」


黙ってこちらを見てくるのはサイコスだ。
今回の異変は、この子達なのかと覚悟した。
名無しさんは異変が起きる前に、この場から離れようと後ろを向いた。


「ちょっとなに無視するの!?」


タツマキが名無しさんの前に来た。
今回は会話できるタイプの異変だろうか。


「名無しさん、あともう少しだから頑張るのよ」


フブキがそう言ったものだから、思わずそちらへ振り向いてしまう。
頑張れ、だなんて。この場所に似合わない言葉だ。


「そろそろ時間だ。タツマキ、フブキ」


サイコスが言う。
時間、とは一体どういうことだろうか。


「名無しさんが目を覚ましたら説明するわ。早くこんな所から出てきなさい」


タツマキが、名無しさんの肩に手を置く。
この三人は現実の三人なのだろうか?


「名無しさん、悪夢が続いたと思うがあと一回だ。あともう一回頑張るといい」


サイコスがそう言うと、三人は消えていく。
今のは一体どういうことだろうか。超能力者たちが応援してくれた?
異変かどうかわからない。けれど、応援してもらったのは確かだ。
名無しさんは初めて、スキップして戻った。
あと一回。その言葉を信じて。


■8
同じ場所、これで最後だと祈る。
最後の異変がどんなものでも、止まらずに走るんだ。
そして、同じポスター、同じドア、同じ内観。
そこに立っていたのは、


「お、名無しさん」


そこには、黄色いスーツに赤いグローブをしたヒーローだ。
名無しさんの大事な人。
けれど、この人はサイタマではない。
だって、この人には


──黒くサラサラとした髪の毛が生えていた。


名無しさんは全力走で戻った。
そして、無事名無しさんはここから出ることができたのであった。
帰った後は急いで、サイタマの頭を確認しに行った。
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