短編3

□素直ではない僕たちに
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スタッフの協力とたくさんのファンのおかげでクリスマスライブは大成功と言ってもいい出来だった
僕がこの足で地に立っていられる感謝を、歌で表せただろう
身体は確かに汗を掻き、火照って疲れを感じるが達成感のほうが大きい
明日へのコンディションを整えるため打ち上げなどの類は断り、駐車場へ向かう
時刻はもう22時近く
車で行き来している利点の一つに飲み会を断っても悪く言われないことかもしれない


「……寒いな」


空は、イルミネーションのように綺麗であった
白い息はやがて外の温度に順応したのか、溶けるように消えてゆく
名無しさんは今どうしているだろうか
同じように空の下に立ち、これほど綺麗な星空のクリスマスに感動しているだろうか
いや、どうせ名無しさんは寒い、などと言い外に出ているかどうかも怪しい
彼女のクリスマスを平日同然にしてしまったのは僕のせいになるのかな
メールぐらいはしておこうと携帯を開くがすぐに閉じた
どうせもう寝る準備でもしていると思ったからだ
また、明日の朝にでも送ろうと車の鍵を開ける


「ッ!」


後ろに気配を感じて振り返る
ライブの疲れのせいか咄嗟に反応ができなかった


「う〜〜ら〜〜め〜〜し〜〜や〜〜!」

「……」


そこにいた人物は、赤いサンタ帽にひげメガネをつけた完全なる不審者だった
驚いた。本当に、驚いたんだ
こちらが反応せずにいて、この不審者もただ僕の前でお化けのポーズで突っ立っているという微妙で沈黙な空気が流れる


「あれぇ!?何で驚かないんですかアマイさん!」

「……」

「ちょっと!無視しないでください!!」


どうして、名無しさんがここにいるのだ
夢にしては、あまりにも吸い込む空気が冷たい


「……何で、名無しさんがここに?」


まだ頭の整理がついていない
名無しさんは被っていた帽子とメガネを取り、赤い鼻で笑う


「えへへ、アマイさんに会いに来ちゃいました」


考えなど全てどこかへ吹き飛び、名無しさんを抱きしめた
様々な感情が渦巻き、言葉が失われる
大切な物を守るように強く、強く抱きしめる
肩に密着した名無しさんの息だけが暖かい


「急に会いに来て、迷惑じゃありませんでした?」


半音下がった声の問いかけに片眉が上がる
何故、迷惑だと思うのか
むしろ謝罪をして、感謝を言葉では表しきれないほど伝えたいのはこちら側だというのに


「会えて、嬉しいよ。会いたかった。本当ありがとう」


今日は何故だが、自分の本心を口に出せることに羞恥を感じていなかった
目の前の名無しさんにいっぱいいっぱいで、恥ずかしさを感じている余裕がない
我に帰ったのは、名無しさんが頬に触れてきた手の冷たさだった


「手、すごい冷たいんだけど。いつまで待ってたの?」

「えーと……八時ぐらいにここに着いたから……二時間ぐらい?」

「馬鹿じゃないの!?」


こんな冷蔵庫同然の中、二時間も待っていたというのか
名無しさんを離し車の中へ入るように促す
車の中も特に暖かいわけでもないが、名無しさんは「あったかい」と呟いた
どれほど、寒かったのか
途中で帰ろうと思わなかったのか
カフェで時間を潰したりもできた筈だ。なのに、どうして
自分が着ていたコートを名無しさんに羽織らせる
ありがとうございます、とはにかんだ
暖房が効き始めてくると名無しさんは溶けた氷の水が流れるように言葉を吐き始めた


「ライブいつ終わるのかも知りませんし!?どこかで待っている間にアマイさん帰っちゃうかもしれませんし!?もう携帯の充電も死ぬ所だったので、中々タイミングが良かったです」

「だからって二時間も待たなくても」

「だって、アマイさんに会いたかったんですもん。ってあれぇ!?アマイさん笑ってます!?ちょっと!!」


手を口に当て、窓のほうを向いてしまう
そこまでして、僕に会いたいと思ってくれたことに嬉しさを隠し切れない
サンタは何て最高なプレゼントを届けてくれたのだろう


「ていうか、その道具は何だったの」

「あっこの帽子とメガネですか?せっかくのクリスマスだったので……」

「うらめしや、ってクリスマス感皆無だったんだけど」

「思いついた言葉がそれだけでした」


幸せな時間が淡々と流れてゆく
こうしてゆっくり二人で話すのなんて久々じゃないだろうか
目の前にたくさんのファンがいて光を増す照明に照らされ、想いを歌にして立つステージとは正反対な静かなこの場が、今は心地が良い
いつか心臓が止まってしまう時に、世界を選ぶ権利があるのだとしたらこういう時がいいと願ってしまう


「あっ!アマイさんにクリスマスプレゼントあるんですよ。はい!」


渡されたのは淡い黄色の包装がされた物だった
開けていいことを確認し、包装を解く
中身は丈夫な箱で、薄いクリーム色の真ん中にはブランド名が印刷されてある


「いや、その、男性って何あげたらいいのか分からなくて……色々調べて、香水がいいかなって。すごい悩みましたよ。どれがアマイさんっぽいかなって」

「ありがとう。すごく嬉しいよ」


プレゼントが嬉しい根底の理由は、自分の知らないところで相手が自分に喜んでもらうことを考えてくれていることではないだろうか
必死な顔して選んでいる名無しさんが容易に想像できた
僕といえば、もちろんプレゼントはある
だがまさかこの場で出会えるとは思っていなかったので自宅に置いたままであった
時刻はもう23時になりそうだ


「うえぇぇ!?もうこんな時間じゃないですか。さっ、さすがに駅まで送ってってくれますよね……!?」


全身に心臓の音が響く感覚
口を開けば心臓が飛び出してしまいそうだ


「……て、け……ば」

「え?」


ハンドルに額を乗せる
顔が熱い。血流で喉が絞められているみたいだ
一年に一度のクリスマス。サンタが存在しているなら、もう一つだけプレゼントをくれないだろうか
本心が言えるようになるプレゼントを


「泊まってけば……」


隣で狼狽える名無しさんの声も聞こえないぐらい、自分の心臓の音のほうがうるさかった
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