世知辛いヒーロー業界3

□ねぇパパあれ買って
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スーパーから帰り、さっそく台所に立つ
時刻は五時半。イアイアン達は六時半に来る予定らしい
アトミック侍の我儘がなければ、もう少し時間に余裕が持てたと思うが……


「〜♪」


あの様子では反省はしていないようだ
まぁまぁまぁ昔に稽古をしてもらった恩がある
ここは心を広めていこうではないか
幸い、鍋であるしそんなに時間もかからないだろう
名無しさんがまな板と包丁を用意して野菜を斬り始めた


「アトミック侍さんはだし汁の用意お願いします」

「おう」


名無しさんにもらったレシピを見て調味料達の前に立つ


「えー何々……だし汁7カップ、醤油50cc、みりん、料理酒……えぇいまどろっこしい!!」


鍋にとりあえず名前が書いてある調味料を測らずに入れ始めたアトミック侍に名無しさんが慌てて止めに入った


「何やってるんですか!?」

「いやぁこんなもん目分量でいいかと思ってよ」

「自分だけが食べるならいいですけど、他人に振る舞うんですからね!?」

「ス、スマン」


しょんぼりとするアトミック侍に、これは駄目だと思い役目を交換した
包丁も刃。こちらなら任せていいだろう
それに鍋ならくし切りだのいちょう切りなどしなくても、適当に一口サイズに斬れば問題ない
見た目がいいかどうかは別として、師匠が作ったものならば喜ぶであろう
俺も、フラッシュ師匠の料理が食べれたら……と浮かれたいたところで悲劇が


「名無しさん……指切った……」


「あぁもう!!」


かくして――様々な困難を乗り切り、やっと鍋に火をかけている状態までできあがった
時刻は六時二十五分。ギリギリだ


「なぁ開けていいか?」

「駄目ですってば!どうせならみんなの前で蓋を開けたほうが盛り上がるでしょう」

「それもそうだな。へへへ……あいつ等の喜ぶ顔が浮かぶぜ」


アトミック侍が笑いながらそう言うと自分も嬉しくなった
手伝って良かったと心の奥底から思える
それに、本人の前では言わないがとても楽しかったのだ
そりゃあ確かに、我儘言われたり怪我されたりと大変なことのほうが多かったが、それでも楽しかった
まるで、父親と一緒にいるようで
もし、もしごく一般の家庭で産まれ父親ともこうして距離が近かったのなら――
妄想は想像だけで終わらし、エプロンを脱ぐ


「それじゃあ、喜んでもらえるといいですね」

「おいおい何帰ろうとしてんだ。名無しさんも食ってくだろ?」

「え、いいんですか」


どうせなら師弟水入らずで、と思っていたし自分はただのお手伝いかと思っていた


「あたりめーだろ。今はフラッシュの元に行ってしまったが俺は名無しさんのこと今でも弟子に思ってるぜ」


その屈託のない笑い声に、ドキドキして胸が温まるよう
名無しさんがその場に立っていると後ろから声が


「師匠!」

「どうやら来たようだな。ほれほれ座れよ名無しさん」

「……ありがとうございます!」







「「「おぉ〜〜!!」」


弟子たちが感動の声を上げたのに対しアトミック侍は相当喜んでいるようで口の端が上がり続けっぱなしだった
立ち込めるキムチの香りは空っぽの胃袋を更に刺激するようだ


「ありがとうございます師匠!」

「おうおう。普段お前らが頑張ってるからな」

「やだすごく美味しいわ!辛さもマイルドだし」

「カマ、よく拘りを見抜いたじゃねぇか」

「ムゥ……これは酒がすすむな」

「じゃんじゃん呑めよブシドリル!」


彼らが楽しそうで何よりだった
自分が頑張った甲斐があるのを実感しながら豚肉を噛みしめていると、イアイアンが耳打ちしてきた


「ありがとうな名無しさん」

「俺は少ししか手伝ってないって」

「……でも七割がた作ったの名無しさんだろ?」

「フハッ。何でバレちゃうかな」

「アトミック侍の一番弟子でお前の親友だからだ」


目を合わせ笑いあってしまった
アトミック侍から「おいおいお前らイチャつくなー」と言われ再び鍋に手をかける
具がなくなれば麺を入れ、ラーメンに
五人の笑いあう声が道場に響き渡っていた


「あー……酒はもうないんだったか」

「まだありますけど、少し呑みすぎですよアトミック侍さん」

「えーあと少しだけ。少しだけ……な?」

「もう仕方ないですね!あと一杯だけですよ」

「さすが名無しさん!話が分かる!」


アトミック侍の酒器へ酌してる名無しさん
っそんな姿を見てブシドリルが思ったことを言う


「なんか、親子みたいだなぁ」

「あら言われてみればそうね!名無しさんみたいな子が息子だったら嬉しいわ〜〜!」

「お、お前らな。師匠はまだそんな歳じゃない」

「よく言ったぞイアイ。もっと言ってやれ。俺はまだおじさんじゃねぇぞ!!」


会話の中に混ざらず、名無しさんは少し考えてしまった
それにアミック侍が気づく


「どうした、名無しさん」

「……ん」

「あ?」

「お父、さん」


恥ずかしくて視線を合わせることができず、俯きながら言ってしまった
正直、憧れていた。こんな親子関係に
皆がお酒入って、それなりな雰囲気であったので勇気を出して言ってみてしまったのだ


「な、なんて!すみませんアトミック侍さん!」

「……」

「アトミック侍さん!?」

「師匠!!?」

「ちょ、やだ師匠!?」

「あーあー分かるぜ師匠の気持ち……独身でそれなりの歳だと”お父さん”なんて呼ばれた日にゃ……」


胸を押さえながら倒れたアトミック侍
18歳という、まだ面倒を見る歳の子供に言われる「お父さん」は相当破壊力がすさまじかったようだ
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