noisy blue

□氷細工の箱庭
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 初対面の相手に懐かしさを覚えるのはおかしい。無論、初対面だからだ。
じゃあこれは、何なのだろう•••?


奥村雪男は、初対面の少女に懐かしさを覚えていた。
どこかで会っただろうか?とまた少し考えるが、やはり思い当たらない。しかし何か引っ掛かる。思い切って尋ねる。
雪:「あの、高佐々さん。失礼ですが、どこかでお会いした事が•••?」
案の定
利:「お会いした事?有りました?」
と返って来る。当然だ。相手はついさっき
「今日からお世話になります高佐々利央です。よろしくお願いします、先輩。」と挨拶したのだから。変な質問をしたせいか、怪訝な顔をされてしまう。
雪:「あ、いえ何でもありません。おかしな事を聞いてしまってすみません。」
笑顔で謝罪し、その場は誤魔化した。

高佐々利央は今日現場に初めて出る新人祓魔師で同時に雪男にとって初めての、祓魔師としての後輩だった。とはいえ、自分と同い年だという彼女に先輩と呼ばれるのはやはり違和感が―
「―じゃあ、タメ口にしてくれって言えばいいじゃねーか。」
話を聞いていた父が口を挟んできた。当たり前のことを当たり前に言われたのが何故か気に触り反撃したくなる。
雪:「言ったところで、『先輩だからー』とか言われておしまいだよ。父さんも会ったことあるんでしょう?」
珍しく愚痴るような口調の息子に藤本は苦笑した。ここは大人しく認めてやるのが良いのかも知れない。
藤:「確かに意外と扱いにくいかもなあ。それで、その子が何だってんだ?」
雪:「えっと、―ううん、やっぱり何でもない。」
ここまで聞けば何が言いたいかはなんとなくわかったものの、認めて先を促す。しかし、意外にも息子は首を横に振った。
藤:「かわいいのか?え?」(ニヤニヤ
話しかけてやめたのも気になったし、何より雪男が人の話をしているのが面白くて少しからかってやろうかと話をすり替えようとすると、
雪:「また父さんはそんな事言って・・・。何でもないって言ってるのに。もう寝るよ、おやすみ。」
と逃げられた。
藤:「おお、こんな時間か。おやすみ。」
逃げられたものは仕方ないと雪男の背中に声を掛けながら、父は首を傾げる。
藤:「・・・なんだってんだ、ほんと。」

夢を見ていた。
自分は小学生で、場所は祓魔塾だろう。しかし、何故か自分は父に詰め寄っていて、父はというと怒っている自分に困り顔をしているのであった。
雪:「なんで?!塾にはっ祓魔塾には連絡があったんでしょう?!どうしてそんなっ」
徐々に鮮明になっていく音の中、自分の声が大きく響く。
藤:「あー、だからだな、雪男。その、俺が話を聞いた時点で、言いにくいんだが、町は殆ど壊滅状態だったんだ。」
町の壊滅。新たなキーワードを思考に加えた。ここである事に気付く。これは、2、3年前の記憶だ。夢の中とは不思議なもので、主観的に動いている自分と、そうしながらも夢だと確信してどこか客観的な自分とが常にいる。
雪:「でも、父さんは聖騎士でしょう?!なのにっそれなのにっ・・・」
言葉が続かなくなって俯く。暫くの沈黙の後、
藤:「雪男。」
不意に呼ばれ顔を上げると
藤:「ごめんな。」
いつになく優しい表情と声音に雪男は―

雪:「―!」
目が覚めて、ばっと上体を起こす。あの続きはどうなったのだろう。確か、あのくらいの年になってからは珍しく、父に頭を撫でられながら泣きじゃくったのだ。服装的に小学生だろうから、恐らく3年前の事だ。どうして忘れていたのか―

雪:「あなたの事、考えてみたんです。」
次の任務の後、雪男は利央を正面から見つめて言った。任務後の現場に残っているのは2人だけ。今ならば。
利:「急にどうなさったんですか?先輩」
首を傾げる利央に、まどろっこしいような、誤魔化されている苛立ちのようなものを抱きながら雪男は続ける。
雪:「僕達は前に会った事があります。あなたも知っている筈だ。」
利:「・・・どこで?」
利央の不思議そうな表情は崩れない。が、雪男には一瞬、彼女が驚いた顔をしたように見えた。
雪:「祓魔塾で。」
 あの夢から覚めた後、夢に見る程激しく怒った事を忘れていたのが自分でも意外で、少し考えてみたのだ。もっとも、自他共に認める彼の優秀な脳が、たった3年前の事を思い出すのに努力する必要など無かったのだが。
奥村雪男は7歳の頃から祓魔塾に通っていた。雪男自身、人の輪に入っていくのは得意でなかったし、周りも『現聖騎士の息子』であり実際優秀な上大人しく真面目な彼にはなんとなく近付き辛かったのだろう、省にされていた訳ではないが、友人どころか仲良しの相手も小学校でも祓魔塾でも5年間殆どいなかった。それが変化したのは小学6年の頃。入塾して来た1人の女の子と親しくなった。結構な毒舌で少し意地悪だったが、優しい子だったと思う。気軽にタメ口で話せる同じ年頃の相手は兄の他には初めてだったから、塾に行って喋るのは、すぐに雪男の楽しみの1つになった。塾へ行って、その前に別れた後からその時までにあった事を話して、相手からは他校の面白い話を聞いて。学校で面白い事や気になった事があれば、次の塾の日に話そうかと考えてみたり。そんな日常が1年程続いたある日、彼女が祓魔塾に来なかった。事前に分かっていれば、「次は休みなんだ。」なんて話もしていたから、風邪か何かだろうと思った。しかしその日だけじゃなく、その後もずっと、彼女は来なかった。休みにしては長すぎる。流石におかしいと思い講師に聞いても、何やかやと誤魔化され、教えてもらえなかった。半分八つ当たりのように父に詰問し、返ってきた返事は「分からない」だった。彼女が住んでいた町が悪魔による被害で壊滅して、生きているか死んでいるかすらわからない、と。不条理だと思い、悔しくて父に当たり散らした上、泣いた。
こんなに鮮明に思い出したのに、何故かその子の名前だけは思い出せなかった。親しかったから、逆に名前で呼ぶ事が少なかったのかも知れない。

雪:「あなたの本当の名前を教えて下さい。」
高佐々利央ではない。それは分かる。それでも彼女は今、確実に目の前にいた。
確信のままに確かめようとした答えは。
利:「・・・?高佐々利央です。―きっと、どなたかと間違えてらっしゃいますよ。」
不思議そうな声が、ごく自然に返ってきた。
雪:「っなんでっ」
あまりにも自然過ぎて、夢と同じように動揺する。
利:「先輩は去年から現場で働いてらっしゃるでしょう?私は去年祓魔塾に入塾しました。だからです。・・・人違いですよ。」
利央は記憶の中のあの子と同じ笑顔で、雪男が望むのと反対の事を言った。
こうも重ねて否定されては仕方ない。
雪:「そう・・・かも知れませんね。」
でも、今回は誤魔化す気にはなれなかった。謝る気にも。演技を見抜ける程自分が怜悧だとは思っていなかったが、納得がいかなかった。
しかし、ここまで否定されて更に問い詰める程の勇気は持ち合わせていなかった。まして、「じゃあなんで、目を逸らすんだ。」なんて追い詰める度胸などある筈も無かった。
利:「帰りましょうか。」
振り切るように歩き出す彼女が、この話を終わらせようとしていた。
雪:「・・・そうですね。」
相変わらず情けない自分を隠すように、雪男も
歩き出した。

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