【番外編】

□【霞桜学園】据え膳食わぬは
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「風紀だ!! 大人しくしろ!!」


風紀委員会に、倉庫がなにやら騒がしいと通報があったのは昼過ぎのこと。
委員長である山下純一は直ぐに委員に指示を飛ばして体勢を整え、その倉庫へと突入した。
中には風紀のリストに載っている注意人物である不良十数人が集まって乱闘を起こしていた。
しかもよく見ると、その不良たちは誰か一人を集中的に襲っているようで。
あのマリモじゃないだろうな、と内心舌打ちしながらその不良達を捕らえた。
あの転入生だったら副会長以下がまた騒いで大変なことになる。
そんなことを考えながら山下は不良を全員捕らえて、委員に指導部屋に連れていくように言った。
そしてその集中的に襲われていた生徒を探すために見渡すと、その生徒は壁際で屈んで疲れたように項垂れていた。
風紀と不良との乱闘に巻き込まれないように壁際に寄ったのか、と山下は感心する。
被害者と加害者がごちゃごちゃになるのは、毎回風紀としても困るところだ。
だが、この生徒はそんな事情を知ってか知らずか良い判断をしてくれた。
この時点であのマリモじゃないことを確信した山下は、項垂れているその生徒の肩に手を置いた。


「大丈夫か、今保健室に…」
「別に良い、慣れてるしな」


そう言って顔を上げたその生徒の髪は、鮮烈な赤。
その色に、俺を含めた風紀委員は目を見開く。


「か、神山!?」
「マリモに不良に…テメェも大変だな、山下」


俺が言えたことじゃねぇけど、と言う神山にざわめきが大きくなっていく。
被害者が神山という事実に動揺が広がっているのだ。


「な、何故神山が…?」
「まぁ、俺が気に食わない奴はそこらに居るってことだろ」
「それは…っておい、だいじょ…う、ぶ…」


膝に手をついて立ち上がった神山を支えようとした山下は、ピシリと固まった。
十数人に襲われていた神山。
乱闘だということは分かっていたし、だからこそその姿も予想出来たはずなのに。
目の前には───制服が乱れ、腹筋がはっきりと見える逞しい肉体があらわになった、神山が居た。
先程よりも大きなざわめきが倉庫に響く。
まずい、面倒なことになる。
瞬時に判断した山下は、箝口令を発して自分と神山以外の人間を倉庫から出した。
二人になった倉庫で、山下は溜め息を零しながら神山を見る。
最恐の赤髪不良との噂は伊達ではなく、鍛えられた肉体だ。
それに関しては羨ましい限りだが…。


「風紀を惑わさないでくれ…」
「は? 仕方ねぇだろ、向こうが襲ってきやがったんだ」
「それは分かっているが、そうじゃなくてだな…」


自分の振り撒く色香を理解していないというのは、どうしたものか。
いつもの神山は、さっき捕らえた不良たちとは違って制服をひどく崩したりはしていない。
なのに今は前は全開で肉体は曝され、乱闘のせいで汗が流れ、鎖骨を濡らす。
しかも疲れたような表情が憂いを帯びているようで、息を吐く姿はまるで情事のそれだった。
こんな姿を見た風紀委員は、先程の騒ぎ具合から言っても色気に当てられた生徒も当然いるだろう。
変なことにならなければ良いが、と頭を小さく振る山下は、自分を一切疑わない言葉を嬉しそうに噛み締める神山には気付かなかった。


「つーか、お前も忙しいんだろうが。俺は後で風紀室に行くから、お前は先に戻っとけよ」
「って、ちょ、ちょっと待て!! その格好で外に出るのはマズいだろう!」
「厳しすぎだろ…。部屋で着替えるまでは風紀云々は目を瞑れよ」
「そうじゃなくてだな…っ」


自分の色気を自覚しろと言っても、目の前の不良と噂される生徒は、はぁ? と眉を上げるか鼻で笑うかのどちらかだろう。
仕方ないな、ともう呆れるしかない山下は神山の制服に手を掛けて、出来るだけ肌が見えないように前を合わせる。


「神山、君の顔は生徒会と並んでも遜色ない程整っているということを自覚した方が良い」
「…やっぱ風紀委員長ってのは疲れるよな。悪かった、今度は穏便に俺一人で収める」
「予想外に心配されて嬉しくはあるが、そういう時は構わず風紀を頼ってくれ…じゃなくて、話が逸れ…」
「神山ッ!!」


その時、倉庫の出入口から聞き覚えのある声が響いた。
神山と山下がそちらに視線を向けると、そこには息を切らせた霞桜生徒会長、間宮裕貴が立っていた。
突然の生徒会長の登場に、二人は目を瞬かせる。
もしかして、風紀委員の誰かが情報を間宮に漏らしたか、間宮が風紀委員の話を立ち聞きしたか。
そんな間宮は中にいる二人を見て無事なことに気付きホッと息を吐いて──二人の態勢に、ピシッと固まった。
山下は、あ、と珍しく間の抜けた声を出す。
山下は神山の乱れた制服に手を掛け、神山は労るために山下の肩に手を置いている。
客観的に見ると、制服を無理矢理脱がそうとしている山下を、神山が押し退けようとしている図が完成していた。
神山のこととなると嫉妬心が途端に沸き上がる間宮がこれを見たらどうなるか。
火を見るより明らかだろう。



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