【番外編】

□【柳原学園】副会長編
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そう決意した翌日。
また彼は私に紅茶を淹れるように言った。
私たちに引き継ぎをしてくれている会長達はちょうど理事長に呼ばれていて、今は私と彼だけだった。
私はまた紅茶を淹れる。
昨日と同じアールグレイを彼に持って行く。
どうせ彼は何も言わないでしょうね、と私も学んで引き継ぎの書類を取ろうとした時。


「アールグレイだな、これ」
「……はい?」


つい私は振り返ってしまった。
まさか彼が紅茶について何かを言うとは思わなくて。


「松村君はご存知…だったんですか? アールグレイ…」
「当たり前だろーが。俺を誰だと思ってやがる」


やはり不遜な物言い。
私は納得した。
松村グループの子息ともなれば、こういうことは自然に覚えるということか、と。
それと同時に違和感を感じた。


──知っていたなら、何故昨日は何も言わなかったんでしょうか……?


彼なら昨日の時点でうんちくを語ってきそうなのに。
そういう視線が気に入らなかったのか、彼は自分の鞄を持って席を立つ。


「ま、松村君、どこに行くんですか?」
「仮眠室。会長達が来たら起こせ」


そう言って新たに貰った会長と風紀委員長専用のブラックカードをセキュリティーシステムに入れて仮眠室の鍵を開けた。
私は何も言えずに、それを見送るしかなかった。

暫くして、窓の外を見ると会長達が此方に戻ってくるのが見えた。
私は言われた通り彼を起こそうと、レッドカードを入れて鍵を開ける。
一番端のベッドに彼はいた。
近付くと、彼の寝顔が目に入る。


──俺様でも寝顔は高校生らしいんですね。


と言ったら確実に怒声を浴びせられそうだ。
私は彼を揺すろうとして近付いた。
その時、足元にあった物──彼の鞄に気付かなくて足が引っかかってしまい、鞄の口が開いて中の物が飛び出してきた。
私は焦って気付かれないように急いで片付けようとし、手に取った教科書ではないものを見て目を見開いた。


──『紅茶百科事典』……?


他にも『紅茶の歴史』『美味しい紅茶の淹れ方』という題名の本があった。
私はそれを彼の鞄に入れながら、ぐるぐると頭を回していた。


──何故、彼の鞄にこういう物が入って……ん?


『紅茶百科事典』に付箋が貼ってあるのを見て、何気なく開いた。
そこに紹介されていたのは、『アールグレイ』。
ルーズリーフも挟まっていて、そこにはビッシリと、でも分かりやすくアールグレイについてまとめられていた。
もしかして。
もしかして。


──昨日私が淹れたアールグレイについて調べたということ…ですか?


彼にとってたかが一生徒である私が淹れた紅茶について、彼が勉強したとでも?
彼は何をしなくても何でも出来るはずなのに。
カチャンと鞄を閉めた音が響いた。
その瞬間、真横で寝ている彼が動いた。
彼を起こしに来たはずなのに、私は焦る。
彼はゆっくりと目を開いて私を見た。


「あ…? 工藤…?」
「あ、あの、会長達がもう直ぐ…」
「……紅茶」
「はい?」


寝ぼけたような声色に私は首を傾げ、次の瞬間私はとんでもないものを目にした。


「工藤が淹れてくれた紅茶……スゴく、美味しかった。また…淹れてくれよ」


ふわり、と。
笑みを、浮かべて。
彼が再び目を閉じたのを、私は呆然と見ていた。
そして私は彼を起こさずに仮眠室から出る。
そこには既に会長達がいて。
会長が私に気付いて歩み寄ってきた。


「お、工藤いたのか。松村は?」
「あ……松村君、は…仮眠室で寝て…」


しどろもどろにしか説明出来ない私。
変だ、変だ、とてつもなく。
さっきから脈拍が異常に速い。
混乱、しているのか。
でも何故かしっくりこない。

私は思い違いをしていたのかもしれない。
もしかして彼は努力をしてきたのではないか。
そして私と同じように。
素直な感情を出さない人なのかもしれない。

あの笑顔が頭から離れない。
俺様な彼とは全く違うものだった。
そしてあの言葉。
美味しいと、思っていてくれていたのか。
私が淹れた紅茶を。
紅茶について学ぼうとするくらい。

私はギュッと胸の辺りを掴む。
そんな私を見ていた会長は仮眠室の扉を見て、私にだけ聞こえるように言った。


「惚れたか?」
「……はい!?」


顔を上げると会長のニヤリとした笑み。
私は唐突に理解する。
会長も知っているんだ。
彼の、柳原学園のほとんどの生徒が知らない一面を。
惚れた──好き。


──あぁ、なるほど。


『混乱』なんて言葉より、よっぽどしっくり来ますね。
私の浮かべた笑みに、会長は目を瞬かせて笑った。



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