【聖条学園】

□第三章
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(祐介side)


1-A。
俺がそのクラスに属することを知って一度も教室に行かないまま、もう直ぐ一ヶ月が経とうとしていた。
聖条の敷地をいつも通り彷徨いていると、首元に巻かれた赤いネクタイが目の端をちらつく。
赤いネクタイ、すなわち一年生の色だ。
そして俺にとっては、二年目の色だった。
去年学園で暴力事件起こして停学、そしてそれが明けてからも俺は自主停学、つまりサボりまくって見事留年。
二度目の一年なんてバカバカしい。
年下と同じ教室で過ごすなんて虫酸が走る。
でも、今の二年と一緒に過ごしたくなかった。
誰もが俺を恐れ、忌避する。
もともと一匹狼だ何だと言われ、なのにチビどもに胸糞悪い黄色い声を出されていた。
だが暴力事件から一転、そんな態度を取ってくる馬鹿はいなくなった。
代わりにチラつくようになったのは、風紀と生徒会。


「何も知らねぇクセに…」


そんな呟きに舌打ちする。
俺がぶん殴った奴らは、それなりの親を持った真面目な生徒、…らしい。
対して俺は、極道の次男。
何の聴取もなく俺だけが処罰をくらった。
まぁ、それはどうでもいい。
ムカつく野郎共の面を見なくて済むんだからな。
今は聖条の中退をなかなか認めてくれない親父との我慢比べの最中だ。
次男だからこそ高校は卒業しろと言う親父と、同性愛だとか親衛隊だとか外見や家柄で何でも決まる聖条を辞めたい俺。
サボりまくってたらいつか中退の許可が下りるだろうと、目下サボリ中だ。

しかしそんな中、珍しい奴を見付けた。
…いや、違う。
普通の、平凡な奴を、だ。
顔が整っている男が多いこの聖条では珍しい平凡な顔立ちの奴が、俺の気に入ってる場所で寝こけてやがった。
何となく神聖な雰囲気のあるこの場所は人目に付きにくく、俺が落ち着ける場所の一つだった。
もう昼休み終わってんのに、コイツサボリか。
自分のことを棚に上げて、俺はソイツに近付いた。
俺が銀髪ってだけでだいたいの奴は逃げるが、眠っているからそれも意味をなさない。


「赤…一年か」


ネクタイの色は俺と同じ。
つまり俺の一つ年下ってわけだ。
直ぐに叩き起こして一言どけよ、と言えば良いのに、ついまじまじと顔を覗き込んでしまった。
平凡な顔を、久し振りに見た。
どう見ても、チビ共に黄色い声を上げられる類いの奴じゃない。
目立たないようにしておけば、俺とは違って平穏な生活が遅れるだろう。
まぁ、授業をサボっている時点でそれも無理な話なのかもしんねぇけど。

一年は気持ち良さそうに寝息を立てている。
その顔を見ると、何となく起こしづらい。
…いやでも、俺が気を遣う義理はどこにもないだろ。
そう結論付けて俺は屈んで、ソイツの肩に手を置こうとした。
その時、ピクッとソイツの瞼が震える。
…起きるのか?
俺は手を空に置いたまま様子を見ていたが、起きる気配はなかった。
何だってんだほんとに…。
チッ、と舌打ちして頭を掻いて、今度こそ起こそうと手を伸ばした。
だが、それはまたしても阻まれた。

つ──…、とソイツの頬に静かに流れる、涙に。

固まった。
この俺が、動けなかった。
何で、泣いてんだよ、お前。
そんな語りかけすら心の中でしか出来ない俺の目に、小さく動いたソイツの口元が映る。
それは徐々に言葉を紡いで。


「…たす、け……ソラ…ん…」
「……っ」


震える声。
絞り出すように発せられた、言葉。
助けて。


「おい…ッ!」


俺は思わず強引に肩を揺らした。
さっきまでの躊躇なんざ頭に無かった。
この俺が、焦燥を感じていた。
苦しい夢だか辛い夢だか知らないが、泣いてほしくないと。
流石に揺らされていることに気付いたのか、ソイツはゆっくりと目を開けた。
その視線が俺に向いた時、何故かどきりと胸が高鳴った。
濡れた睫毛に、揺れる瞳。
下がった眉に、薄く開いた唇。
寝起き特有のぼんやりとした表情。
俺は肩に手を置いたまま、ただソイツを見詰めることしか出来ない。
これで意識が覚醒したら、コイツは他の奴らと同じように逃げるのか。
不安、とかいう弱々しいモンは持ち合わせていない。
なのにソイツは、俺をぼんやりと見詰めて──ふわり、と。
柔らかく、微笑んだ。


「……っ!?」


反射的に引っ込めようとした俺の手を、ソイツはぎゅっと握ってきた。
そしてそのまま安心したように目を閉じると、再び穏やかな寝息が聞こえた。
俺は半ば呆然と、その一年を見る。
笑った…笑った?
銀髪ってだけで、逃げられる俺を見て。
何か綺麗なモノでも見るかのように、安心させるように。
ぐるぐると、いろんなものが頭を巡る。
しかし俺の手を握ったことでバランスが崩れたのか、ソイツの体がぐらりと揺らいだ。
そして俺は咄嗟に。
ソイツの隣に、座ってしまった。
とすん、と肩に落ちる頭。
ソイツの顔にはもう涙なんてなくて、気持ち良さそうに眠っている。
さわさわと吹く風に揺れる黒い髪。
既に俺の中にはコイツを起こすという選択肢は無くなっていた。
起きた時、お前はどんな反応をする?
逃げるのか、悲鳴を上げるのか。
はたまた固まってしまうのか。
あぁ、もうそれでも良い。
お前の目に俺が映るのなら。
今度はふにゃりと笑うソイツを見て、俺は思った。



何て綺麗な奴なんだろう、と。



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