【聖条学園】

□第二章
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(no side)


『早くこの森から去った方が良い』…随分と、甘いことを言ってしまった。
イチは森の奥深くへと歩みを進めながら表情を変えずにそう思った。
別にあのソラとかいう男が殺されようが自分には関係ないのに、忠告なんて真似をするなんて。

森の偵察に行っていただけなのに変な男に絡まれた。
そこで殺しても良かったのだが、もしかしたらこれもあの人たちの計画かと思って状況を把握するために黙っていたが、どうやら偶然居合わせてしまっただけらしい。
ということはイチには関係ない──そして逆に、ソラという青年にもイチなんて関係ないはずなのに、イチのために殴られていた。
それを見たら、反射的にイチは自分の首に腕を回していた男の顎に的確に掌底をくらわせていた。
倒れた男を見ていた四人に、ソラは重たい拳を腹に決めて、それでも倒れなかった男はイチが後頭部に肘を入れて倒した。
一歩間違えれば死ぬ方法だが、手加減はしてやったから問題はないだろう……記憶が一部飛んでしまったかもしれないけれど。


先程のことを思い返すイチが周りを異常なまでに警戒しながら戻った先は、大きな白い建物だった。
ここが、イチが五歳の時連れてこられた場所───所謂、実験施設というやつだ。
どうやら自分は誘拐されたらしいと気付いたのは三年前。
情けないことに、誘拐されて既に三年も経った頃だった。
一つ下の弟の世話をしている母の負担を減らすために、五歳の時一人で幼稚園から帰ろうとしたのが駄目だった。
油断、なんて辛辣かもしれないけれど、そう言うしかない。
両親も弟も幼馴染みの貴志も、皆僕のこと忘れてくれてたら良いんだけど、と十一歳にしては冷めたことを無表情のまま思いながらイチは部屋に戻る。
そこにはイチと同じ入院服のようなものを着た二人の子供が居た。
その中の一人がピョンピョン跳ねた髪を揺らしながらイチを見て駆け寄ってくる。


「イチィィィィっ!! 遅いよ、心配したよ、大丈夫だったのっ!」
「……静かにして下さい、ニィ。抜け出したことがあの人たちにバレます」
「ごっ、ごめん……」


先程のソラと喋っていた時の喋り方よりも幾分か流暢に言葉を紡ぐイチ。
しょぼんと肩を落とす少年──002、通称ニィ。
金髪碧眼のニィは、どうやら外国人とのハーフらしい。
日本生まれの日本育ちだから言葉には不自由していないようだ。


「イチ…何か…あった…?」
「…たいしたことはなかったので、心配はいりません、サン」
「そ、う……」


もう一人がトテトテと寄ってきて、ぎゅっとイチの袖を握る。
003──通称サンは、黒のもさっとした髪。
どこか犬っぽい雰囲気のサンと調子の良いニィとイチは同い年だ。
だた、ここに連れてこられた時期が違う。
イチは五歳、ニィは八歳、サンは九歳。
イチだけ時期尚早。
それ故に、どこか冷めた雰囲気を持っている。
イチが自分は誘拐されていたのかと気付いたのは、三年前にニィがここに来たからだ。
誘拐された理由も、それから芋づる式に分かった。
イチには瞬間記憶能力ともう一つの能力。
ニィには空間把握能力。
サンには肉体強化能力。
それぞれ普通とは違う能力が備わっていた。
それらを実験、強化するのが、この実験施設の目的らしい。
この実験施設の研究員はかなり違法なことをやっているようだった。
誇張も嘘偽りもなく、殺されそうになったことが何度あったことか。


「……イチ。今日はどこまで調べられた?」
「裏の方です。今から伝えます…準備は良いですか、ニィ」
「…ん、良いよ」


ニィが目を閉じたのを見届けて、イチは今日調査した森の道筋を正確に伝える。
それを静かに見つめるサン。
この儀式のような行為は、この実験施設から逃げ出すためのものだった。
自我がそれなりに確立した状態で誘拐されてきたニィとサンのおかげで、最近になってようやくイチの中に『逃げ出す』という選択肢が与えられた。


『──何も、考えるな。感情などお前には必要ないのだから──……』


これが、研究員に五歳の時から毎日のように言われ続けてきた言葉だ。
両親、兄弟、友人から突然隔離された幼い少年の頭にはそれだけが強く強くインプットされていて、ニィやサンが来るまではただただ機械のように言われたことをしてきた。
実験で銃を持った男たちを殺しかけたこともあった。
辛いとも悲しいとも痛いとも思わない──分からない。
両親と共に過ごしていた頃は結構泣いていたような記憶があるが、今は泣き方が分からない──笑い方すら。
まぁ、別に今困っていないからどうでも良いのだけれど、とやはりどこか感情が欠落したようなことを思いながらイチはニィに伝え終わる。
イチの瞬間記憶能力とニィの空間把握能力を組み合わせ、そして逃亡の際にサンの肉体強化能力…簡単に言うと怪力を使う作戦だ。
だいぶこの森と施設の構造が分かってきた。
あとは、タイミングだけだ。

その時、ガチャリと扉が開いた。
そこには白衣を着た男が三人。


「001、時間だ」


その研究員たちとその後ろに控える黒服の男たちに、今日は瞬間記憶能力でないほうの実験か、と呆然とそんなことを思いながらイチは立ち上がった。



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