【柳原学園】

□第七章
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「あの時、直ぐに辞めさせておけば…ッ!!」
「つーことは、この一件に関してはお前が命じたことじゃねぇってことか」
「っ当たり前だろう!?」


バッと上げたその顔は、感情をそのまま表していた。


「厳しくしていたのは母親がいなくなっても立派に育つようにするためで…!」
「おう」
「何故自ら進んで愛する息子たちを傷付けるんだ!? 馬鹿じゃないのか!?」
「馬鹿っつった方が馬鹿」
「叔父馬鹿の君に言い返されたくない!」
「叔父馬鹿上等!!」


はぁーん! と言い返す三浦さんに、更に言い返す親父。
その光景を見て、呆然とする。
どう、いう、ことだ?
何が起こってる?


「松村」
「く、じょう、先輩…」


ぽん、と肩を叩かれる。
ゆっくりとそちらを向くと、九条先輩が優しく微笑んでいた。
俺は何がなんだか分からなくて。


「親父は、俺を、後継者として認めてて」
「あぁ」
「厳しくしていたのは、母さんがいなくても立派になってほしかったからで」
「そうだな」


俺の言葉に、九条先輩は頷いていく。
じわじわ、じわじわと言葉が意味を成していく。


「俺を、閉じ込めていたのは、親父じゃなくメイドで」
「らしいな」
「親父は…あの人は、俺のことを、愛する、息子って」


その俺の言葉には、九条先輩は答えなかった。
ただ黙って、親父の方を示す。
その先に、ぐ、と言葉を一瞬詰まらせて。
その後には、何もかも、吹っ切れたと。
隠すことはないという、表情になった親父がいて。


「私が父として未熟だったがために、…悠里に辛い思いをさせた」
「……ッ」
「もう、止めた。息子を傷付けてまで貫く信念など、私は持ち合わせていない」


九条先輩に話した。
昔は、俺たちの事を可愛いと、愛していてくれていたと。
家族四人で、笑い合っていたと。
その、笑顔が、今。
目の前に、あった。


「悠里。私と由美の、大切な息子たち。私は昔も、由美がいなくなってからも」
「……っ」
「君たちへの愛を忘れたことなど、一瞬すら、ない」


溢れんばかりの愛を注いでいた由美に誓って。
そう言い終わる前に。
俺は、目の前の"父さん"に、抱き付いた。


「ッ父さ…っ!!」
「あぁ。…本当に、すまない。由美の死を理由に、目を逸らしていた」
「っ急に、変わったから…俺たち…っ!!」
「父として導かねばと思うあまり、本当に父としてやらねばならないことに気付けなかった」


すまない、と父さんは声を絞り出す。


「…すれ違っている感覚は、あった。だが、厳しい父親を演じる上で優しい言葉を掛けられなかった」
「演じる、って…」
「悠里はあんま覚えてねぇかもしれねーが、コイツまじで親バカだったからな」


だからその変わり様に俺たちも困惑した、と三浦さんが苦笑する。
父さんの顔を見ると、何とも言えない表情を浮かべていた。


「由美が死んだ時…お前の涙を初めて見たから。俺たちもお前に強く言えなかった」
「君たちは十分に私たちを支えてくれている。だから私は…」
「それでも言わなきゃならなかった。俺たち大人が弱かったから、大事な子どもたちに負担掛けたんだ」


悠里、と三浦さんが俺の名前を呼んで。
ゆっくりと、頭を下げた。
えっ、な、待ってくれ。


「み、三浦さ…っ」
「悪かった。お前たちの苦しみに、気付けなくて」
「そんな、頭上げて下さい。三浦さんだって大事な妹を亡くしたんだから…」
「そんな俺だからこそ、祐一とお前たちの橋渡しになってやらなきゃいけなかった」


そう言って三浦さんが頭を上げて、九条先輩に視線を移した。


「それでもきっと、俺だけじゃこうして場を作ることは出来なかった。悠里が、本音を話せなかった」
「…そう、です、ね」
「九条。お前が悠里の本音を引き出した。心から、礼を言う」


ありがとう、と真っ直ぐに九条先輩の目を見て伝える。
すると父さんも、口を開いた。


「私からも、謝罪と礼を。私たち親子の問題に巻き込んでしまって申し訳ない。そして、悠里を支えてくれて、ありがとう」
「お、俺からも、本当に、ありがとうございました…!」
「お礼を言われることでは…と、言っても納得されないんでしょうね」


九条先輩は少し困った顔をした後、口元を上げる。


「俺こそ、家族の問題に足を踏みこみ過ぎました。申し訳ありません」
「でも、九条先輩がいたからこうして誤解が解けました。それは変わりません」
「そう言われるのは、光栄だ」


そう言って、九条先輩は一瞬考えるように目を伏せる。
しかし実はな、と俺の方を向いて口を開いた。


「頼まれたから名前は伏せるが、松村を助けてほしいと文化祭の前に電話があったんだ」
「そう言えば、文化祭の時にそんなことを…」
「その連絡を受けて文化祭に行ったわけなんだが…」


そんな連絡を受けて文化祭に来て、実際に俺を見て判断しようと思ったって。
確か生徒会室で、そんなことを言っていた。


「その連絡をくれた奴、協力してくれた奴らは、お前のことが大好きでな」
「えっ」
「お前のためなら何でも出来ると真顔で言えるような奴ら。そんな絆を作ったのは他でもない、松村だ」


いくつもの顔が、浮かんでくる。
そう言えば、あの時のアイコンタクトも。
あの言葉も。
九条先輩が来てくれた時、現れたあのタイミング。
…そっか、あいつらが。


「あとこの俺に、大事な後輩だと思わせてるのもお前だ」
「……っ」
「全部お前が成して来たものだ。後ろめたさなんて感じる必要もない」
「九条、先輩…」
「胸を張れ。お前は自分の力で、過去と未来のわだかまりを解決したんだ」


どん、と九条先輩が俺の胸に拳を突き出す。
その衝撃に、いろいろなものが込み上げて来て。
再び視界がぼやける。
本当に、本当に、貴方は。


「…先代の生徒会長が貴方で、本当に、良かった」
「次代の生徒会長がお前で良かったよ」


九条先輩。
きっとお互いが生徒会長でなければ。
こうして繋がることもなかったかもしれない。
この事実が本当に、奇跡のようで。
とくりと鼓動が鳴り、温かいものが広がる。


「九条!」
「っ!」


すると突然、三浦さんが九条先輩の肩に腕を回した。
俺が目を白黒させていると、三浦さんが満面の笑みを浮かべている。


「おっまえ、マジで出来た男だなぁ! この後酒でも呑みに行くか!」
「すみません、未成年なので」
「そう言やそうだったな。酒呑めるようになったら連絡しろ。俺が良い店連れて行ってやるよ」
「楽しみにしてます」


わいわいと騒ぐその光景に、父さんが呆れたようにはぁー、と溜息を吐く。


「…千秋、迷惑を掛けるなよ」
「分かってるって」
「…私も今度、久し振りに食事でも行くか。星彩に」


んぐ、と思わず喉を鳴らしてしまった。
星彩って、レイのアジトになってる…!?
それを聞いた三浦さんが、おぉ! と嬉しそうな声を上げた。


「そうしろ! 真尋も喜ぶぜ」
「私の知らない所で、霧島にも苦労を掛けたんだろう。麗斗のことでも」
「やっぱ知ってやがったか。でもアイツも好きでやってんだ」


ちょっと待て。
星彩のことを知ってたのも驚きだけど、レイと霧島さんのことも…!?
どういうことだと何も言えずオロオロしていると、それに気付いた父さんが何気なく暴露する。


「霧島は私が柳原学園生徒会長だった時の、親衛隊隊長だったんだ」
「……ッ!?」
「高校の時の大事な奴追って、今も尽くしてんだから真尋も愛情深ぇよな」
「…今は私のためだけではないような気がするが」
「当然、由美や悠里、麗斗たちも大事に思ってくれてるぜ」
「……、そうだな」


若干の棒読みで三浦さんの言葉を肯定する父さん。
父さんたちの絆が見えるようだけど、それよりも。
まさか霧島さんが、父さんの親衛隊隊長だったとは。
だからああして、レイや俺のことを気に掛けてくれてたのか…!
すると九条先輩が静かに俺の隣に来て、コソっと耳打ちをする。


「松村の親父さんが生徒会長だったって聞いて今思い出したんだが」
「は、はい」
「《親衛隊》という制度を作ったのが、確か松村祐一という何代か前の生徒会長だった」
「!?」


その言葉に九条先輩の顔を凝視してしまう。
九条先輩が頷くのを見て、ゆっくりと父さんへと視線を向けた。
じゃあ、父さんが親衛隊の制度を一から作って。
その制度の見直しを、隣のこの九条先輩がした、ってことか。
うわ、うわ、なんだこれ。
凄くないか…!?


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