【柳原学園】

□第七章
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(no side)


御子柴はぐ、と何故か喉を鳴らす。
悠里はいつの間にか、いつもの悠里に戻っていた。
他人が慌てていると自分は落ち着く法則でもあるのか。
悠里はそのままベンチに座っている御子柴の前にしゃがみ込んで、顔を見上げる。
その表情がどこか、生徒会長の時のような雰囲気を纏っていて。
それを感じ取った御子柴も、無意識に気を引き締めた。


「御子柴、お前に一つ、我儘を言わせてくれ」
「…なんだ」
「恋人になるのは、まだ待っていてほしい」


その言葉を聞いた御子柴は。
驚きの感情は見せず、ただ、そうか、と。
予想していたかのように呟いた。


「驚かないのか?」
「そもそもテメェは今日言うつもりじゃなかった。俺たちが今こうしてるのも、イレギュラーなことだったんだろ」
「…あぁ。俺にはまだ、やらなきゃいけないことがある」


やらなければならないこと。
いろいろな顔が、浮かんでくる。
保健室で、ガーデニングハウスで、文化祭で。
そして、今まで支えてくれた親衛隊たち。
何も想いを、返しきれていない。


「それにお前にももっと、素の俺を好きになってほしい」
「これ以上か」
「それ以上だ」


真っ直ぐな返答。
誤魔化そうとしない、誠実な表情。
御子柴はフッと笑う。
上等。


「せいぜい励めよ、バ会長」
「!! …目に物言わせてやるよ、クソ風紀」


その懐かしい呼び名に悠里は目を見開き、そして悠里もその名を口にする。
いつの間にか変な距離感になっていて、こうした軽口を言えなくなっていた。
でもこういう距離感が、自分たちらしい。
すると御子柴が、ただ、と言葉を続けた。


「一人だけ、お前とのことを伝えたい奴がいる」
「一人…綾部か?」
「あぁ。アイツにはなんつーか…お前とのことですげぇ世話になってる」


世話になったのか。
どんな風に世話になったのかは知らないが、御子柴の表情からして世話=迷惑をかけたという感じかもしれない。
全部伝えることはしねぇという御子柴に、悠里は頷く。
悠里もいろいろと綾部には世話になっているのだ。
それに多分、ああ見えて綾部は秘密を口外するような人間じゃない。
じゃあ俺からも、と悠里は口を開く。


「御子柴、多分俺はこれからいろいろと変えていくと思う」
「あぁ」
「皆が、驚くようなことも、するかもしれない」
「でも決めたんだろ」


御子柴がそう言うと、悠里は確かめるように強く頷く。


「なら今まで通り、お前はやりたいことをやれば良い」
「あぁ」
「俺は俺様生徒会長サマの犬猿の仲である風紀委員長として、手助けしてやる」
「…ありがとな」


我儘を受け入れてもらえるだけではなく。
いつもと変わらずに、フォローもしてやる、と。
その言葉を受け入れる自分も自分だ。
御子柴相手だと、甘えてしまう。
しかし御子柴は、ただ、と気まずそうに目を逸らした。


「…お前もさっき、俺に告って来た奴に嫉妬したっつってたが、俺も当然、する」
「? あぁ」
「…お前が生徒会や教師、親衛隊の奴らに絡まれてたら睨むくらいはする」
「睨むくらいなら…」
「殺気も飛ばす」
「そこまで…!?」


驚く悠里に、御子柴ははぁ〜、と息を吐く。


「そもそも俺は我慢強い方じゃねぇ」
「そ、そうか…でも皆を拒絶するわけにもいかねぇし…」
「…松村、俺にも我儘を一つ言わせろ」


どうしよう、と考え込むと、御子柴はじっと悠里を見つめてそう切り出した。
悠里はなんだ、とその目を見つめ返す。


「一日一回、俺に好きだと言え」
「それだけで良いのか?」
「…むしろ恥ずかしがらねぇのかよ」


駄目元で言ってみたのに、それだけで、と言われるとは。
その質問に、悠里はゆるりと微笑んだ。


「有りの侭の気持ちを伝えられるのは、嬉しいことだ」
「…俺ももっと好かれる努力するか……」
「何だよ急に」
「言うのが恥ずかしくなるくらいの気持ちにさせてやるってことだ」


その言葉に悠里は首を傾げる。
多分悠里は今、枷が外れて気持ちを正直に伝えられることだけで満足している。
でも、足りない。
もっともっと、求めさせてやりたい。
もっと俺を、好きになれ。


「御子柴」
「あ?」
「もし不安になったら言ってほしい。一日一回なんて言わず、何回でも伝えるから」


その台詞に頭が痛くなる思いがする。
こいつ…。


「お前のそのなんつーか…彼氏力? 恋人力? はなんなんだ…?」
「え。変なこと言ったか? 悪い、恋愛したことないから分からなくて…」
「…人間力か……」


正直、今からでも部屋に連れ込みたい。
素の俺を好きになってほしいとか言っていたが。
この場で話しているだけでこちらは気持ちが募るばかりだ。
恋人になるのは待ってほしいと言われ頷いた。
しかしこのまま我慢出来るのだろうか。
…するしかねぇ。


「…とりあえずそろそろ部屋に戻れ。色々あって疲れてんだろ」
「ん、あぁ、そうだな。今日は色々ありすぎた」


九条に連れられ父親に会い、誤解も解け。
そして御子柴と想いを伝え合い。
今は変にテンションが高くなっているからあまり感じないが、部屋に戻った瞬間糸が切れそうだ。
悠里は立ち上がる。


「お前は戻らないのか?」
「一緒に戻ったらまた噂になるだろうが」
「あ、そうか…お前頭良いな」


学年首席のクセに何を言ってるんだか。
意外とここら辺はポンコツな所があるのかもしれない。
関係をまだ隠すつもりらしいが、このままで大丈夫か…?
フォローが大変そうだ、と内心覚悟を決めていると、悠里が立ち去る前に、あ、と立ち止まる。


「どうした」
「言い忘れてた。御子柴」
「なんだ」
「お前が好きだ」


目を見開くと、悠里はさっき告白とは別に今日の分、とはにかんでその場を走り去っていった。
しばらくベンチの上で固まっていた御子柴だったが、はぁ〜と大きなため息と共に頭を抱えた。


「これ以上好きになったら理性焼き切れるぞ…クソが…」


片想いの時より理性が必要になってくるとは。
一日一回の告白も、自分の首を絞めているのは分かっている。
しかし取るに足らないと言われたトラウマめいたものを払拭するにはそれしかない。
こうなると悠里には防犯ブザーを常備してもらう必要があるかもしれない。
下手すると抱き潰してしまう。


「はー……」


御子柴は背もたれに寄り掛かり空を見上げる。


「…九条、咲良」


去り際に言われた言葉が頭に過る。
美味い飯でも奢りたくなったら連絡しろ。
…どうやら近い内に、飯を奢ることになりそうだ。


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