【柳原学園】

□第七章
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(no side)



その様子を見て、御子柴は、ハッと目を細めて笑った。


「何でそこで泣くんだよ、テメェは」
「っ俺は、お前に言うだけで満足だったのに、お前もそんなこと言うから…!!」
「この俺が、言わせるだけで満足させるわけねぇだろ」


この俺様め…! と悠里は泣きながらバシッと御子柴を叩いた。
しかし御子柴は止めることも咎めることもなく、悠里の好きにさせる。


「だいたい俺は、さっきの今で、お前に言うつもりなかったのに…!」
「テメェは時間置いたら考え込んで、ズルズル後回しにするタイプだろ」
「否定出来ない…」
「それ考えたら、坂口に感謝しねぇとかもな」


明日の午後、校門に一人で、後悔したくないのなら。
そう言って微笑んでいたアイツは、どこまで分かっていたのやら。
悠里はズビッと鼻を啜る。


「九条先輩を呼んでくれたのも、坂口たちみたいだ」
「…アイツに借り作った、ってことか……」
「何の情報を搾り取られるんだろうか……」


友達だから、と言っていたが、タダほど怖いものはない。
他の奴らなら何とも思わないが、魔王と呼ばれる坂口には前科が有り過ぎる。
しん…、という変な沈黙を壊すかのように、悠里がでも、と口を開いた。


「…お前も、言ってくれるとは、思わなかった」
「もう意地を張るとか心にもないことを言うとか、疲れたんだよ」
「俺のせいだよな、ごめん…」


お前のせいじゃない、と言えれば良かったが。
取るに足らないと言われた瞬間に、変なスイッチが入った自覚はある。
御子柴はそう言えない代わりに、悠里の未だに潤む目元を指で撫でた。


「…これから嘘でも、冗談でも、取るに足らないとか言うな。それでチャラだ」
「言わない。…お前に助けられた。救われた。御子柴。お前が一番、大事だ」
「…そうか、よ、……?」


チリ、と頭の奥に何かが引っ掛かった。
その言葉が、夢のように、曖昧に。
しかし確かに形になった瞬間、御子柴は目を見開いた。


「松村」
「なんだ?」
「お前、俺が文化祭前に階段から落ちて入院した時、病室に来たか?」


以前、行かなかった、と言われた。
だからあれは自分の欲が見せた夢、幻だと思っていた。
でもあの時、同じ言葉を言われたのだ。
お前が一番大事だ、と。
そう問われた悠里は、一つ目を瞬かせて。
ハッとした瞬間、顔を紅潮させた。


「行っ、て、ない!!」
「今、あの時と全く一緒の言葉言ったのにか」
「あ、ぅ…」


悠里はその反論にどんどん顔を赤くして唸る。
あの時と全く一緒、という言葉に何の話だと直ぐ反論出来なかった時点で答えは出ていた。
悠里は唸った後、観念したように片手で顔を隠しながら頷く。


「…お見舞いに行った。智也たちから背中を押されたのもあって…」
「何で行ってないなんて嘘吐いたんだよ」
「ゆ、夢だと思っておいて欲しかったんだよ…!」


少し前なら、それも分かる。
悠里は御子柴に自分の気持ちを明かしたくなかったのだから。
しかし、何故想いを確かめ合った今も?


「別に今、隠さなくても…」
「お前に冷たくしておいて、寝込みは襲ったとか知られたくないに決まってるだろ!」
「は?」
「な、なんだよ」


ぽかんとしたその表情に、悠里は後ろめたい表情を浮かべる。
しかし予想外にも、御子柴が口にしたのは。


「寝込み襲うって、何だ」
「えっ」
「…俺が入院してる時、何かしたのか」


その言葉に、悠里は気付いた。
お見舞いに行ったことや、一番大事だと言ったことには言及していたが。
御子柴は、悠里が御子柴にキスしたことについて、一度も口にしていなかった。
墓穴を、掘った。


「う、ぅわぁぁぁ…! い、いつもならこんな下手なこと言わないのに…!」
「おい」
「もう感情も頭も今おかしくなってる…! 御子柴、俺を殴って記憶を飛ばしてくれ…っ」
「記憶を飛ばされたら俺が困る」


振り出しに戻るのは勘弁してくれ。
かなり本気で言いながら、御子柴はあわあわしている悠里を見る。
今まで接して来た松村とは、全然違う。
これがその俺様演技を全くしない、素なのかと思っていたが。
もしかして、その素の状態で混乱しまくってるのか。
それにしても…。


「そこまで慌てる程の寝込みの襲い方って…」
「へ、変な想像すんな! キスしただけだ! …あっ」
「…キス」


キスしたのか、見舞いに来た時。


「俺でさえ全部未遂で終わってんのに」
「ツッコむとこそこか?」
「先手打たれたようで腹立つな」


俺からしたかったのに、と言外に伝えると、悠里はウッと呻いて胸を抑えた。


「おい?」
「…俺はいつも後手に回ってばっかだよ…」
「後手? お前が?」
「…お前が半覚醒状態の時、お前、めちゃくちゃ素直で」
「…そう、だったか?」


確かにお前が一番大事だと言われた時、こちらも何か言った気がする。
しかし今まで夢だと思っていたくらいだ、ほとんど覚えていない。
だがあの時は本気で精神が荒んでいた自覚はある。
何か口走っていたとしても不思議ではない。
悠里は何を思い出しているのか、熱を冷ますように額を押さえながら続けた。


「お前が一番大事だって伝えたら、御子柴が夢から覚めたくないって」
「……」
「覚めたらお前はまたどこかに行くんだろって」
「……」
「それ聞いたら、もうお前が可愛くて、愛しくて、めちゃくちゃ好きだと思って」


キスをしました…、と罪を告白するかのように言葉を締める。
寝込み襲うなんて、男の風上にも置けない。
悠里は御子柴に怒られても貶されても受け止めようと、覚悟を決める。
しかし御子柴からなかなか言葉が発せられない。
もしかして呆れられてしまっただろうかと、御子柴の顔に視線を向けて、目を見開いた。
御子柴が自分の口を覆って目を逸らし、顔を真っ赤に、させている。
あの御子柴が。
悠里は思わずベンチから立ち上がった。


「は、はぁ!? 何で今その顔なんだよ!? 恥ずかしいのはこっちだろ!?」
「うっせぇ、見んな」
「でもお前がそんなになるの、初めて見た、かも」
「眺めるな」


物珍しそうにしみじみと眺めて来る悠里に御子柴は言葉を重ねるが、止める気配がない。
コイツ…。


「で、どうして御子柴君は照れてるんですか?」
「照れて……」


ない、と言い掛けたが、諦めた。
意地を張るのは疲れたし。
今は意地を、張りたくない。


「…あんだけテメェに冷たくしておいて、本音知られてたとか笑い話にもなんねぇ」
「それはお互い様だろ」
「本音漏らして退院した後も、お前に強く当たってたのが馬鹿みたいじゃねぇか」


しかも、と御子柴は一番引っ掛かったことを口にした。


「それをお前に、可愛いと思われたのが一番情けねぇ……」
「……」


はぁ〜、と深い深い溜息を吐いて御子柴は顔を覆った。
情けなさ過ぎる。
ただでさえ自分の今までの行動が自分らしくないと思っていたのに。
それをよりにもよって、可愛いと思われていたとは。
ここまで羞恥心を煽られたのは初めてだ。
御子柴はぐるぐると自分の今までの行動を頭で巡らせていたが、ふと、目の前に悠里の気配が移ったのに気付く。
そして。


「御子柴」
「…なん……」


馬鹿にしたいならすれば良いと、顔を上げた瞬間。
ちゅ、という音と共に感じる、額への柔らかい感触。
額にキスされたことを認識した御子柴は、思わず固まってしまった。
目の前に立つ悠里は、正反対に晴れ晴れとした表情を浮かべている。


「な、なにして」
「お前がめちゃくちゃ可愛くて愛おしくて、キスしたくなった」


ふっ、と笑うその顔は、確かに。
柳原の生徒たちに、黄色い声を上げられていることを納得させるもので。


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