【柳原学園】

□第七章
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(no side)



悠里はぎゅ、と手を握りしめて、声が震えないように口を開く。


「…俺、智也の紅茶はいつも美味しくて、好きなんだ」
「あ? 工藤?」
「啓介は可愛いと思ってるし、俊太は毒舌で怖いけど頼りになるし、桃矢は兄貴過ぎて憧れる」


唐突な怒涛の言葉に、御子柴は目を瞬かせて。
それらの意味を理解し、不機嫌そうに顔を歪める。


「…それは本人に言えよ、俺には…」
「綾部は何気に空気読めて助けられることが多々あるし、夏希は大人として接してくれる」
「……」
「志春は俺様過ぎて若干引くけど、誠実でそこは評価したい」
「俺は何を聞かされてんだ…?」


嫌味でも皮肉でもなく、本当に意味が分からないという声色。
不機嫌な顔をなりを潜め、ただただ困惑顔だ。
悠里は下を向いて、ぎゅ、と拳を握った。


「…演技じゃないと言っても、"俺様"であろうとしていた俺は、こういうことが素直に言えなかった」
「そりゃ、そうだろうな…」
「…今まで言いたいことが、言えなかった」


そう繰り返す悠里の声色に。
御子柴は、ハッと、した。
その気付きと同時に、悠里は顔を上げ、真っ直ぐに二人の視線が交わる。


「御子柴は、初対面から不良丸出しで、本気で怖かった。言い返す時正直泣きそうだった」
「…テメェが入学初日から取り巻きに騒がれてて、通り道塞いでたからな」
「それから事ある毎に俺に突っかかって来るし、いつ殴られるかとヒヤヒヤしてた」


でも。


「お前は決して俺を殴ろうとしなかった」
「フェアじゃねぇし、そもそも所構わず殴るのは趣味じゃねぇ」
「それに気付いた時、意外と芯のある奴なのかも、と思った」


芯。信念。
同じ不良や、喧嘩を売られたら手を出す。
でもそれ以外で手を出した所を知らない。
少なくとも、悠里の前で起こったことはない。


「新歓の前、志春に保健室で襲われてる所をお前に見られて、完全に終わったと思った」
「あのバ会長と志春がそんな関係とは目を疑ったが、明らかにお前の態度がおかしかったからな」
「でもお前は俺を揶揄わず、俺を寮まで送ってくれた。…安心、した」


御子柴は、思い出す。
赤い顔でありがとう、と言われた。
あの時初めて、明確に。


「まぁ、別れ際にバ会長って笑われたけど」
「礼を言ったお前が可愛く見えたから、照れ隠しで言った」
「……えっ!?」


バッと顔を上げて、悠里は御子柴を見る。
冗談かと思っていたのに、その表情は真剣そのものだった。
悠里は御子柴の顔をしばらく見つめるが、徐々に顔を下げて行く。
そしてそれに比例してじわじわと、耳が赤くなってきた。


「…し、新歓の時、鬼に追い掛けられた俺を助けてくれただろ」
「チワワみてぇな奴らに追い掛けられてたな」
「その時、レイの、弟のことが好きだと素直に言えなかった俺に、それを含めて松村悠里だって言ってもらえて、嬉しかった」
「さっきも言ったが、人によって見える面が違うだけだっつーのは、俺の変わらない価値観だ」


そこで初めて、幻滅しないと、言ってくれた。


「新歓の最後に、森宮の願いでお前と、キ、スすることに、なって、何か、あの時は変だった」
「テメェが代わりに和樹にキスされそうになったの見て、身体が勝手に動いた」
「っお、お前は話さなくて良い! 話聞いてくれるだけで、良いから!!」


こんなんじゃ俺が上手く話せない! と悠里は顔を真っ赤にして御子柴に噛み付く。
しかし御子柴はニヤ、と口の端を上げるだけ。


「だって、フェアじゃねぇだろ?」
「今、公平さは求めてない…!!」


がく、と悠里は項垂れる。
もう、こうなったら、言いたいことは全部早口で言う。


「体育の時に、俺が身体測定で志春に何かされたのかって怒って、心配してくれた」
「お前に手ぇ出されんのはムカつくだろ」


「夏休み、レイと喧嘩した時、兄弟は並ぶもんだって教えてくれて、目が覚めた」
「ぶっ倒れたかもって聞いた時、今までにないくらい焦った」


「懇談合宿の時、そのことで礼を言った時、あまりにもお前が優しく笑うから、動悸が凄かった」
「安心した顔したお前見て、その顔が曇らないでほしいと思った」


「海で、高波から助けてくれた時、抱きしめられて、お前が何考えてんのか分からなくなった」
「お前にもっと直接触りたいと、思ってた」


「っな、つ、祭りで、アディに絡まれてると思って助けに来てくれた」
「あの野郎が気安くテメェに触れるし、恋人候補とか抜かしやがるから無性にムカついた」


「修学旅行で、お化け屋敷に行くってなった時、暗所恐怖症なの察して俺を連れ出してくれたの、本当に感謝してる」
「テメェのこと、ずっと見てたからな」


「…智也に告白されたことを、あそこまでお前が気にするとは思わなくて、驚いた」
「当たり前だろ。テメェも俺が他の奴に告白されたの気にしてたじゃねぇか」
「…そうだったな」
「『同時に恋人作れば、勝ち負けはねぇ』って台詞、ちゃんと意味を理解してほしいもんだ」


「……、修学旅行の物置で、閉じ込められた時、俺が情けない所見せても、幻滅しないと言ってくれた」
「今もそれは変わらねぇ」
「そして、あの時、…お前に、キスをされるかと、思った」
「しようと思ったし、里中と島崎が捜しにこなかったら確実にした」


「ッあ、の時に、俺は、自覚、した」
「…自覚」
「それと同時に、絶望した。俺は松村の後継者で、女性と家庭を作って子を成す義務があったからだ」


「だから、お前は」
「だから俺は、お前にこれ以上関わりたくなかった。取るに足らない存在だと、思い込むしかなかった」
「……なるほどな」


「俺が酷いことをしている自覚はあった。でも、お前から冷たくされて、苦しくて堪らなかった」
「…取るに足らないって言われて優しく出来る程、俺のメンタルは強くなかったんだよ」


「文化祭の前、お前が階段から落ちたのは告白して来た生徒庇ったからだって聞いて、腹に黒い物がたまった感じがした」
「テメェと目が合ったから動揺して受け身が取れなかったんだよ」
「…そっか」
「まぁ、俺が抜けた穴をフォローしてくれたのには、礼を言う」


「文化祭で、アディといる時にお前が来て、驚いた」
「あの白髪は腹立つが、…想いと行動を一致させろっつーのは、一理あった」


「でも俺は、それに従うことが出来なかった」
「俺はそれに従って、生徒会室にお前に会いに行った」


「俺は、"俺様生徒会長"は、本心を言うことが出来ない」
「言われたくないと分かったから、俺も告げなかった」


「抱き締められた時、お前が悲しんでるのが分かった」
「テメェがあんな顔してんのに、俺が何を言えるんだよ」


「言いたかった」
「言わせられない自分が情けなくて、自分を殺したくなった」


「でも、父親と会って、和解した」
「前生徒会長たちの力っつーのは癪に障るが、アイツにしか出来なかっただろうな」


「もう俺を縛るものは、何もない」
「そうか」


「もう、我慢しなくて良い」
「あぁ」


「御子柴」
「なんだ」


「俺はお前が好きだ」
「そうか。俺もテメェが好きだ、松村」


ポタリ、と。
ベンチに一つ、雫が落ちた。



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