【柳原学園】

□第七章
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(no side)



「ここで良いか」


御子柴に連れてこられた場所は、校舎から程よく離れた木々の中にあるベンチだった。
御子柴はベンチに座りながら悠里も座るように促す。


「校舎は文化祭の片付けしてる奴らもまだいるし、ここならひと目にも付きにくい」
「こういう穴場みたいな場所、お前結構知ってるよな」
「風紀絡みで、知っておく必要があんだよ」


悠里は知らないが、ここは風紀があえて、穴場にしている場所だ。
こういう場所をいくつか作っておくと、馬鹿が罠に嵌まる。
それにしても、と御子柴は悠里を盗み見た。
何があったのか知らないが、昨日生徒会室で見た時とは表情が全く違う。
坂口が、悠里君を助けるために裏でいろいろと動いていたと言っていた。
本当に、憑き物が落ちたかのようだ。


「…で、話って何だ」
「えっ、と…どこから話したものか…」


まさかこんな早くに会えるとは思っていなくて、と悠里は言う。
そりゃそうだ、御子柴だって坂口に言われなければわざわざ何の用もなく校門になんて行かなかった。
しかし、こんなに早く、と言うことはいずれ会おうとしていたということだろうか。
少し経って整理がついたのか、悠里はよし、と呟く。


「実はさっき、九条先輩と一緒に俺の父親に会いに行って来た」
「は?」


突然の爆弾発言である。
御子柴は思わずベンチから腰を浮かしかけた。
先輩と父親に会いに行くって何事だ。
挨拶か? 何の挨拶だよ。
そんなツッコミが御子柴の心の中で行われているとは知らず、悠里は言いにくそうに続けた。


「最近家の事とか…まぁ、いろいろ、限界が来てて、それを見かねた奴らが九条先輩に伝えてくれたらしい」
「あぁ…」


いろいろと、思い当たる節がある。
この自分に、友達だよねと宣ったあのニコニコ顔を思い出して、人知れず眉間にシワを寄せた。


「以前、お前に話しただろ? 母親を亡くして父親に暗い部屋に閉じ込められて、暗所恐怖症になったって」
「…あぁ」
「話してみたら、あれ、実はうちのメイドが独断でやってたことらしくて」
「はぁ…?!」


御子柴の聞いたこともない素っ頓狂な声に、悠里は苦笑する。
そういう反応に、なるよなぁ。


「なんでそうなるんだよ」
「…そのメイド、親父の事が好き、だったらしくて…母親と俺らに当たってたらしい」
「……、…クソが」


チッ、と御子柴は盛大に舌打ちする。
そんな嫉妬のせいで、コイツがどんだけ苦しんだと思ってんだ。
気付かなかった親も親だ。
メイドだって、他にもいたはず。
全員が気付けないくらいに、松村由美の死は大きかった?
…それが何だ、息子のコイツが気に掛けられない理由にはならない。


「怒ってるのか…?」
「…気付かなかった周りの奴らに腹立ってるだけで、お前には怒ってねぇよ…」
「皆も余裕がなかったから…うん…でも、お前がそうして怒ってくれるのは、嬉しい」


ありがとう、という悠里のお礼に。
自分には怒る資格はないと、感情を抑えていた御子柴は、驚きを隠さず顔を上げた。
コイツはこんなに、すんなりと礼を言える奴だったか?
昨日の今日で、よりにもよって、この自分に。
目に映る目の前の存在は、前を向いて柔らかく微笑んでいた。


「九条先輩の助けもあって、父親と和解した」
「…そうか」
「後継者のことも含めて、全部、俺の好きにして良いって」


悠里は両腕を上げて、伸びをする。
はぁっ、と勢いよく呼吸したその表情は、とても清々しいもので。


「皆にもだが、特にお前に、謝らなきゃいけないことがある」
「…謝る?」
「後継者になる条件として柳原の生徒会長になれと命じられてたんだが、俺、自信がなかったんだよな」


自信がない、なんて。
コイツの口からそんな言葉が出て来るとは。


「だからレイに相談した。そしたら言われたんだ、俺様演技すれば良いんじゃない? って」
「俺様、演技」
「俺様演技。綾部とかから聞いたことないか?」


ある。何回もある。
横暴で、迷惑も考えず引っ張る、でもその力強さが萌えポイント、とか何とか。
例えば志春ちゃんみたいな? と言われて、興味が全くない話題だったのに納得してしまったのを覚えている。
その俺様、の。


「演技…?」
「…俺は中等部に入学してからずっと、演技をし続けて来た」


ぐぐ、と眉を顰めながら悠里は続ける。
この表情は、最近よく見かけていた顔だ。
後ろめたさと、泣くのを、我慢している顔。


「その演技の中でお前を挑発したり、馬鹿にしたり…酷い言葉を何回も言って来た」
「……」
「心にもないことを言ったこともある。…本当に、ごめん」
「謝んな」


悠里の言葉に被せるように、御子柴は声を出す。
悠里は下げかけた頭を、ゆるゆると上げた。
謝罪も受け入れられない程、怒らせてしまったのだろうかと。
しかし、御子柴の表情を見て、違うと分かる。
いつもと、変わらない表情。


「テメェが謝ったら、素で口汚ぇこと言って来た俺も謝らなきゃいけなくなるだろうが」
「でも俺は、演技で騙して…」
「演技だろうが関係ねぇ。俺が初対面で邪魔だっつったのも事実だし、喧嘩し続けて来たのも事実だ」


中等部から出会えば喧嘩、高等部でも変わらず。
お互いが生徒会長、風紀委員長になってからは、バ会長、クソ風紀呼び。


「あれの全部が演技だったとは思わねぇ。言い合ってる時、無理してる様子なかったしな」
「そ、それは」
「お前、何気にその"俺様"の素質、あったんじゃねぇの?」


そう、言われてみれば。
バ会長、と呼ばれた時、瞬間的にクソ風紀、と言い返していたし。
俺様演技だから、こう言うべきだ、と。
啓介たち相手にはまだしも、御子柴相手にはあまり考えていなかったかもしれない。
悠里は愕然として、自分の口を手で覆う。


「俺、自分で思ってる以上に、口悪い…?」
「ハッ。今更自覚か、俺様生徒会長サマ?」
「う、ぐっ…」


唸る悠里に、御子柴は楽しそうに鼻で笑った。


「演技なんて大層なこと言って勝手に罪悪感覚えんな」
「勝手にって…」
「相手によって見せる面が違うだけだ。お前の弟だって、兄貴と族の奴らに見せる顔は違うだろ」


それも演技か? と問われ、首を振る。
レイが、自分と星朧の皆に見せる顔は違う。
でもどっちも、本当のレイだ。


「俺には煽り能力高い面が出てただけだろ。別に俺は簡単に煽られたりしてねぇが」
「どの口が言ってんだ?」
「うるせぇ。…だから謝んな。俺も謝らねぇ」


ふん、と御子柴は悠里と反対方向を向いてそう言った。
その姿を見て、悠里は呆然として。
分かった、と小さく呟いた。
お前は演技で騙してきたという罪悪感すら、そういう捉え方をしてくれるのか。
本当に、お前は。


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