【柳原学園】

□第七章
8ページ/19ページ



(no side)



はぁー、と、九条は珍しく、溜息を吐いた。
悠里と別れ、車に戻る途中で九条は足を止めてスマホを取り出す。
電話帳に清水、と表示された場所をタップし、コール音が鳴った。


『もしもし』
「清水、今日お前の家に行って良いか」
『突然だな』


先程悠里に、今も前副会長と交流があるのかと問われ、あると答えた。
しかしやはり学部が違えば頻繁には会えない。
お互いの忙しさを知っているのもあって、連絡をするのは久々だった。


『悪いが、レポートの課題をするから無理だ』
「へぇ、明日までのやつとか?」
『馬鹿言うな。"明日出される予定"の課題だよ』


そうだよな、と九条は予想通りの返答に笑う。
即断即処理がモットーの男だ。
ギリギリまで課題を残しておくなんてありえない。
むしろ、何かが起こる前に行動することが可能な男だ。
今も昔も。


「その信念を横に置いておいて、聞いてほしい話があるんだよ」
『俺は"惚気話"を聞くのはごめんだ』


惚気話。
その単語に、九条はフッと思わず笑う。
そして九条は面白そうに、電話の向こうがどんな表情をするのか想像しながら空を見上げた。


「残念、聞いてほしいのは俺の"振られた話"だ」
『なに?』


間髪入れずに清水は問う。
いや、問う、というよりただ聞き返すような響き。
そして清水は、当然かのような声色で続けた。


『"松村悠里はお前のことが好き"だろ?』


今日悠里と会うとも、文化祭に行ったとも。
ここ数ヶ月、悠里の話を清水としていないにも関わらず、この言葉。
清水は、全てを、知っている。
九条は道のわきの木に寄り掛かった。


「ところが違う奴が好きなんだと」
『……考えられるとしたら、御子柴竜二か』
「そう思う根拠は?」
『俺の持ち得る限りの情報』
「はは、違いない」


前副会長、清水遼一。
九条の悪友であり、彼は坂口と同じ情報屋だった。
否、同じと言っては語弊がある。
情報を人づてに収集していた坂口とは違い、清水は学生時代、柳原学園の監視系統を自分の管理下に置いていた。
主観の混じらない、純然たる事実のみの情報。
そしてその情報を不特定多数の人間に与えるのではなく。
唯一無二の悪友である九条にしか、提供しなかった。


『でも、それはお前と出会わなかったらの話であって、松村は…』
「松村は俺のこと、敬愛してるらしいぞ」
『敬愛もあるだろうけど、恋愛感情が確かに、あったはずだ』


どうして、と零すつもりのなかった呟きが、電話口から聞こえて来る。
きっと今頭の中で、逃した情報がないかを探っているんだろう。
少しの無言の後、清水は考えながら口にする。


『やはり、お前が松村の為にしてきたことを知らないのが要因じゃないのか』
「それとこれとは別だろ」
『早乙女花梨と松村の問題を起こした坂口後輩を諭したのもお前だし、二人が親衛隊関係になる前に制度を見直したのもお前』


工藤の松村への誤解が解けるように計らったのも。
里中が襲われそうになった所に松村を行かせたのも。
黒田のために松村が守ろうとした場所を権利的に守ったのも。
島崎に松村の考えを聞かせたのも。


『他にも沢山。俺の情報を使って采配したのはお前なのに』
「そう聞くと私情挟み過ぎたな」
『目的が個であれ何であれ、結果的に全て大衆の為になってるんだから気にするな』


伝説の生徒会長なんて、笑わせる。
きっと自分は歴代のどの生徒会長よりも、矮小だった。


「清水、お前が知らない情報、真実を教えてやる」
『真実?』
「──恋を恋と気付かなければ、恋じゃないらしい」


九条は目を閉じて微笑んだ。
悠里は、九条のことが好きだった。
清水の情報でも、そして九条の目にも、そう見えていた。
先程本当に敬愛だったのか、と重ねて質問した時。
アイツは返事を詰まらせた。
無意識にでも、気付くものがあったんだろう。

しかし文化祭の、生徒会室で。
あいつは御子柴が好きなんですと、涙を流した。
それを聞いて九条は珍しく、動揺し、困惑した。
思わず悠里の目の前で考え込んでしまう程に。
驕っていたわけでも、いい気になっていたわけでもない。
だが事実としてそこにあったものが、覆された。


『……俺たちの予想以上に、松村が鈍感だったって話か?』
「予想以上にアイツに余裕がなかったっていう話」
『…あと一年、お前が在学していれば……』


清水が悔しそうな声を出す。


「何でお前が悔しそうなんだよ」
『昔から大衆のためにしか動けなかったお前が、ようやく見つけた唯一だったんだぞ』
「ほんとにな」
『今からでも遅くないんじゃないか。振られたと言っても…』
「たった今、背中押して来た」
『ばっ……、…っ』


馬鹿じゃないのか、から始まる罵詈雑言。
それを口を閉ざして我慢する悪友が目に浮かぶ。
その間すらも、九条は楽しんでいた。
暫くして、深呼吸が電話口から聞こえる。


『…家に来い。反省会をする。お前と松村を恋人同士に出来なかったのは、上辺の情報だけで判断していた俺の落ち度だ』
「レポートは良いのか?」
『そんな場合じゃないだろ』


レポートをそんな呼ばわり。
清水にしては珍しい言葉だ。


「松村に、今後困ったことがあったら全力で力を貸すって言われただけで満足だけどな、俺は」
『何でそこまで想っておいて、告白にならなかったんだ松村…』
「そりゃ、好きな奴が他にいるからだろ」


ぐぐぅ…、と清水が唸る。
清水にとっても、悠里は予想外の塊らしい。
それが愉快で、たまらない。


「じゃあお前の家に行かせてもらうな」
『反省会並びに作戦会議だ。絶対にお前を松村の恋人にしてやる』
「大事な後輩の恋路、邪魔してやるなよ」
『俺のプライドが許さないって話だよ、馬鹿!』


そう言ってブチッと乱暴に電話を切られる。
自分に馬鹿と言う人間は、そういない。
九条はスマホをしまいながら、再び歩き出す。


「悪いけど、俺は清々しい気分なんだよな」


最後の最後に、自分への恋愛感情を自覚させたくて。
質問を重ねるなんて、みっともなくあがいてしまったけれど。
貴方を敬愛している。
力になりたい。
あそこまでの憧憬、敬愛。
きっとあの御子柴でさえ、向けられることはない。
俺だけの、ものだ。


「とりあえず、清水の暴走を止めてやるかな」


愛しい後輩のために。
九条はぐん、と背伸びをして、空に広がる青を見上げた。



.
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ