【柳原学園】

□第七章
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「悠里」
「は、はい」
「また近い内に、ゆっくり話そう」
「スケジュールは俺に任せろ」


父さんの優しい笑みと、頼りになる三浦さんの笑顔。
そう言えば文化祭の時、霧島さんが三浦さんを叔父さんと呼んでくれって言ってたな。
あの時はよく分からないまま呼んだけど。
俺も笑みを浮かべて頷いた。


「ありがとう、父さん、叔父さん」
「ぐふっ…!」
「…良かったな千秋、夢が叶って」
「怖がられると思って素で会わなかった努力が、今実った…っ!」


聞こえないけど、ぼそぼそと二人が話しているのを見て微笑ましくなる。
義兄、だけではなく、悪友と言っていた。
この人は父さんの、友人でもあるんだな。
そんな中、父さんがふと気付いたようにそう言えばと声を出す。


「どうして、今だったんだ?」
「え?」
「私に言いたいことはずっとあっただろうに、何故今日だったのかと思って」


その疑問を受けて、叔父さんが思い出すように顎に手を当てた。


「…そう言や、九条が悠里に助けを求められたっつってたんだよな」
「助け? …何か、問題でも起こったのか?」
「修学旅行で過呼吸っつってたよな。それか?」
「何か助けてほしいなら言ってほしい。息子の力になりたい」


その当然の疑問と、心優しい言葉を聞いて。
父さんとの会話でいっぱいいっぱいだった俺は、情けなくも。
九条先輩に助けを求めた一番の理由を、今、思い出した。
顔を青褪めさせれば良いのか、赤くすれば良いのか。
再び蟠りが解ける前のように口を閉ざす俺に、二人の表情が深刻さを増していく。


「ま、待って、下さい、そんな深刻なことじゃなくて…」
「でも我慢強いお前が助けを求めるなんてよっぽどだろ」
「私たちに気を遣っているのなら、気にしなくて良い。悠里の言葉は全て受け止める」


そ、そんな深刻なことじゃなくてですね…!!
どんどん言いにくくなっている俺の心情を察したのか、九条先輩が助け舟を出す。


「松村。俺と…三浦さん、退室しようか?」
「祐一にしか言えないことか? なら…」
「だっ、大丈夫です! いて、下さい…」


席を立とうとする叔父さんを止める。
ここまで付き合ってくれたのに、退室してもらうのは違う気がする。
俺は変な動悸がするのを抑えて、何回も深呼吸をして。


「す……」
「す?」
「好、きな、人が、出来た……」


すきなひと、と父さんと叔父さんが声を合わせて繰り返す。
そうだよな、まさかさっきの今で、恋愛事聞かされるとは思ってないよな…!
それ以上何かを言うのが怖くて、口を閉ざしていると叔父さんが様子を窺いながら俺を見る。


「好きな奴が出来たのは、まぁ、上等、だが、なんでそれで助け…」
「……そうか」
「祐一?」


叔父さんの言葉を遮って、父さんの呟きが漏れる。
どう、しよう。
多分父さん、相手はどこぞで出会った女性だと思うよな。
助けを求めたのは、相手が一般の女性で、俺がそれで悩んでるとか。
でも、それは、違う。
だって、俺が好きなのは。
ぐ、と歯を食いしばって、意を決して顔を上げた。


「俺…っ」
「好きな人、と言うのは、柳原の生徒か?」
「……ッ!」
「柳原の生徒、って…柳原は……」


叔父さんはその続きを口にはせず。
一瞬後、全てを悟ったように俺を見た。
…父さんは、気付いたんだ。
俺が助けを求める程の、『好きな人』。
それが、『男』だって。


「そ、う……」
「……」
「…ごめ…」


ごめんなさい、と。
言い掛けた俺の頭に、優しく手が乗せられた。
顔を上げると、父さんが眉を少し下げて、俺を見ていた。


「苦しかったな」
「…ッ!」
「悠里が真っ先に後継者について尋ねた理由も、分かった」


ぽすんと、父さんの胸に抱かれる。
俺が表情を作らなくても良いかのように。


「先に言っておく。私は全く偏見がない。それが自分の息子でも」
「は……」
「松村の後継者として女性と家庭を作って、子を成すべきだという考えと、好きな相手が男性だという矛盾か」


的確に、言い当てる。
俺は父さんの顔を見るのが怖くて、胸から離れられない。
ほんの少しの沈黙が、長く、永く、感じられる。
すると何故か、ふっ、と。
微かに笑う声が聞こえた。


「父さん…?」
「すまない。八重の言葉を思い出してしまって」
「八重?」
「私と悠里は似ている、と」


その言葉は、俺にも聞き覚えがあった。
夏休み家に帰省して、料理を作っている時に、八重に言われたんだ。
似てるって。
その時はあり得ないと思っていたけど。
さっきも厳しい父親の"演技"だと言っていた。
俺は学園で、俺様の"演技"をしている。
でも、父さんが似ていると言っているのは、それだけじゃないようで。
もしかして。


「私も、気に入っている男がいた」
「えっ」
「恋愛感情かは、結局分からなかったが」


思わず身体を胸から離すと、今は由美一筋だからな、と念押しされる。
それは、疑ってない。
母さんを愛していたのは、幼かった俺でも分かっていた。


「相手は、どんな人間だ?」
「…最初は、横暴で俺様で喧嘩ばっかりしてて…」
「それで?」


父さんの声が、優しくて。
俺は力が抜けていくのを感じながら、その心のままに口を開く。


「でも、本当は優しくて、一緒にいると、俺は大丈夫だと、思わせてくれる」
「そうか」
「あとは…えっと…あ、風紀委員長で」
「ふっ、そ、そうか、風紀委員長…」


そんな所まで、と呟いて何故か頭を撫でられる。
その久々の感覚に、幼かった頃思っていた、…父さんが、大好きだという気持ちが。
自然と、湧き上がる。
父さんの手が離れるのに少しの寂しさを感じていると、悠里、と名を呼ばれた。


「悠里。君の好きにしなさい」
「…え?」
「後継者だとか、家のことだとか、もう何も考えなくて良い」


父さんに、そっと手を握られる。
大切に、大切に、ゆっくりと。


「私は父親として、悠里と麗斗に心のままに生きて欲しい」
「父さん…」
「今更何をと思うだろうが…これは由美の願いでもある」


そっと父さんは目を閉じる。
母さんを、思い出してるんだろうか。
…"松村"であることを強制せず、一般家庭のように、愛情を持って育ててくれた母。


「悠里が後継者であることは変わらないが、それも…もし嫌ならば、考える」
「それは」
「私は、…私は、悠里と麗斗が健康で、生きていてくれれば、それで良い」


…そうか、そうだよな。
父さんも、母さんの"死"が心にいつも、あるんだ。
俺は父さんの手を、握り返した。


「…今日、父さんと話せて、良かった」
「悠里…」
「後継者が嫌なんて、言わない。俺はそのために生きて来たから」
「無理を、してないか」


その問いに、首を振る。


「俺は自分でそれを選んだ。俺が苦しかったのは、父さんに愛されていなかったことだけだ」
「私は、本当に」
「分かってる。ちゃんと、分かってるよ」


記憶の父さんと、今の父さんが、ようやく、一致した。
俺たちを愛している父さん。
昔も今も、変わらなかった。


「将来のことは分からない。悩んで苦しむことが出てくるかもしれない。その時は」
「私に言ってほしい。これからはちゃんと、聞くから」
「…うん。言うから、受け止めてほしい」


笑みを向けると、父さんも笑みを返す。
もう、大丈夫。
大丈夫だよ、母さん。
今度は絶対、三人で、お墓参りに行くから。


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