【柳原学園】

□第七章
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勧められるままに、俺と九条先輩、向かい側に親父と三浦さんが座った。
しん、と沈黙が流れる。
えっ、と、何を、話せば良いんだ。
頭の中がぐるぐるしていると、親父が口を開いた。


「それで、九条を巻き込んでまで何の為にセッティングした? 何か言いたいことでもあるのか」
「あ、の………」
「社長、ここは雑談から入るべきでは。文化祭の成功を労うとか」


言葉の出ない俺に、三浦さんが助け舟を出してくれた。
それを聞いて親父は片眉を上げる。


「…それは、今回の話に必要か?」
「必要ですね。威圧するより遥かに」
「……、文化祭の話は三浦から聞いた。生徒会長として立派に務めていたと」
「それは…」


はい、ともいいえ、とも言えないでいると、親父は腕を組んで俺を見つめた。


「松村のトップとしてあるために、それは最低条件だ。これからも驕ることなく務めを果たしなさい」
「……、は……」


ガンッ、と。
やっぱりこの人はこういう人なのかと。
目を伏せて返事をしようとした俺の耳に、激しい殴打音が聞こえた。
肩をビクッと震わせると、目の前には。


「ッ、三浦…ッ!」


思いっ切り殴られた親父の姿と。
親父を殴った三浦さんの姿が。
何かあったら殴るって、本気だったのか!?
いやそれにしても手が出るのが早すぎる…!
流石の九条先輩も目を白黒させていた。
当の三浦さんは握っていた拳に、ふぅっと息を吹きかける。
そして、ぐしゃぐしゃと乱暴に頭を掻いてどかっとソファに座った。


「あ〜、やめだやめ、ほんっとお前はどうしようもねぇ野郎だな」
「ッ千秋お前、突然何を…っ」
「何を、はおめーだ馬鹿が。俺は労えっつったんだ。発破かけろとは言ってねぇ」


はぁ、と呆れて親父を見ている。
ど、どういうこと…何が起こってる?
すると三浦さんがさっきの真面目そうな雰囲気とは一転。
荒々しい雰囲気を纏って俺を見据えた。


「本当はもっと後に…堂々と明かしたかったが仕方ねぇ。祐一があまりにもヘタレだった」
「ど、どういう…何が…」
「改めて、俺は三浦千秋。悠里の母親、由美の実兄で、コイツの義兄兼悪友だ」


え。
俺はぱちり、と目を瞬かせる。
俺の母さんの実兄、俺の親父の義兄兼悪友。
ということは。


「俺の、叔父…?」
「そういうことだ。秘密にしてたのは事情があった。許せ」
「い、いえ…」


思わぬ事実に、俺は素早く頭を整理させていく。
三浦さんが俺の叔父。
そう考えると、いろいろと納得がいく。
母さんのお墓参りをしてくれたのも、母さんが実妹だからだし。
秘書という立場を超えてこうして心配してくれたのも。
親戚…俺が甥っ子だから。


「松村。三浦さんは文化祭にも来てたぞ」
「悠里に入場の案内、してもらったしな」
「えっ」


三浦さんを?
流石に秘書が来たら分かる…。
そこで改めて、今の三浦さんの姿を見た。
乱暴に頭を掻いたせいで髪がぼさぼさになっている。
大きな体格、そして。
眼鏡をサングラスに変えた姿にダブって見えて、ハッとした。


「八重と霧島さんと一緒に来てた、アキさん…!」
「正解。あん時は悠里の生徒会長としての姿に、思わず感動しちまった」


ニッと笑う三浦さんに、呆然とする。
まさか…流石にこんなに変わられてちゃ分からない…!
さてと、と三浦さんが膝を叩いた。


「気を取り直して。良いか祐一。今の俺みたいに息子を褒めろっつったんだよ。分かったか」
「お前、公私混同はするなとあれほど…」
「今は完全に私事。ここに公入れる方が混同だろうが」


それと、と三浦さんがピシッと親父を指差した。


「お前も俺を三浦じゃなくて千秋と呼んだ。ならもう今は完全に"私事"だろ」
「……」
「俺は由美が死んでからのお前の態度に全然納得してねぇ。逃げられると思うな」


技かけてでも吐かせる、と三浦さんが眉根を寄せて親父を見据えた。
そう…か、親父の態度が変わったのは俺たち息子だけじゃなくて。
義兄で友人の、三浦さんにもだったのか。
俺はそっと親父を見つめる。


「…お前が納得しようがしまいが、私はどうでも良い」
「おいおい、義兄を侮ってんじゃねぇぞ」
「義兄という関係性を振りかざすなんて、由美が見たら何て言うだろうな」
「なら親父という関係性を振りかざして横暴キメてるお前は何だ?」


言葉の応酬の後、黙ったのは親父だった。
俺にとっての、ある意味恐怖の対象を黙らせた。
…三浦さん、凄い。
黙らされた親父は諦めたように首を振って、俺に視線を移した。
反射的に背筋が伸びる。


「…話を戻す。何の用だ、悠里」


親子の会話はなく、ただ本題に入れと。
…こんなことでいちいち寂しさを感じていても、何にもならない。
九条先輩も、三浦さんも巻き込んでしまってるんだ。
目的を果たさないと帰れない。
渇いた口内を潤すために、ごくりと嚥下する。


「…まずは一つ、確認をしたくて、来ました」
「確認?」
「後継者となるために柳原学園に入学し、高等部の生徒会長になれと、あの時言いましたよね」


そう言って、柳原学園中等部に願書を出した。
生徒会長になり、率いる力を付けろ。
母さん譲りの気性だった俺は、率いる力なんて身に付けられない。
そこでレイに相談して、言われたんだ。
俺様になれば良いんじゃない、と。
それから俺は自分を偽り、演技をして、今生徒会長になっている。
自分なりにその役目を果たしているつもりだ。
なら。


「俺は貴方の中で、後継者として認めてもらえていますか」


後継者候補、ではなく。
松村グループの、後継者。
目を逸らさずに、そう尋ねる。
親父は何を考えているのか分からない目で、こちらを見つめていた。
しかしゆっくりと、口を開く。


「…生徒会長に任命され、その役目を十分に果たしていると聞く。ならば、後継者として申し分ないのではないかと私は考えている」
「……」
「十分ではなく、十二分に、果たしてほしいところではあるが」


もっと努力しろ、ということだろうけど。
…親父に、後継者と認めてもらえている。
その事実に、心底安堵した。
そうか、そうか。なら。
レイに火の粉が降りかかることは、ないんだ。


「…祐一、お前ほんっと一言余計なんだよ」
「私は間違ったことを言っているか?」
「言ってねぇけど、そこはよく頑張ってるな、偉いぞ、って言うだけで良いんだよ」


呆れたような、少し苛立っているような三浦さんに、親父は軽く目を閉じる。


「そういうことは、君たちがすれば良い」
「…あ? そりゃどういう…」
「確認したいことはそれだけか? ならば帰りなさい」


もう終わりだとばかりに、親父は立ち上がる。
しかし、そこで。


「すみません、私からも一つ、宜しいですか?」


見守ってくれていた九条先輩が、静かにそう言い放つ。
親父と九条先輩の視線が交わった。
そしてしばらく無言で視線を交わし、親父はもう一度座る。


「どうぞ。巻き込んでしまったお詫びに」
「ありがとうございます。…他人様の教育に口出しする権利は、本来ならばないのですが」


何を言うつもりかと見守っていると、九条先輩はそう切り出した。
そして俺はその表情を見て、何を言うのかを察し、声を出す。


「待っ…」
「貴方は松村…御子息が、暗所恐怖症であることをご存知ですか?」
「暗所恐怖症…?」
「く、九条先輩、それは良いですから…っ」


親父と三浦さんが怪訝な表情を浮かべる中、俺は九条先輩の腕を握る。
レイと、この前全部話した九条先輩しか知らないことだ。
こんな、俺が弱さに負けた証みたいなこと、知られたくない。
しかし九条先輩が真っ直ぐに、鋭く俺を見つめる。


「そうなるまでの精神的負担を感じていたことを知ってもらわないと、始まらない」
「でも、それは、俺が弱かったからで」
「母親が亡くなった悲しみも癒えない内に暗い部屋に閉じ込められ、それがトラウマで過呼吸まで引き起こすのは、弱さで片付けて良い話じゃない」


松村、と九条先輩が俺の胸に手を当てる。


「過呼吸も行き過ぎれば死ぬ。分かるか。それは決して、教育ではない」
「……っ」


教育じゃない。
その言葉だけが、頭の中に木霊する。



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