【柳原学園】

□第七章
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本社に入ると、緊張が高まる。
ここに来るのはいつぶりだ?
後継者になるための勉強はしているが、実践的なことはまだあまりしていない。
そういうのは大学生になってから徐々にする形なんだろう。
親父とも最後に直接会ったのは、それこそ中等部入学前くらいで。


「こんにちは。私、九条咲良と申します。アポを取っているのですが、社長秘書の三浦様に繋いで頂けますか?」
「少々お待ち下さい」


受付でスラスラと告げる九条先輩。
内線で連絡する受付の女性を横目に、九条先輩に小声で話し掛ける。


「親父じゃなくて、秘書の三浦さん?」
「あぁ。ちなみに今回の仲介者」
「いつの間に…」


三浦さんは松村としての用事がある時に連絡は取り合っていた。
夏休みに資料を送ってもらったり。
そう言えばメールの追伸に、お墓参りをする俺とレイを見かけたとも書いてあった。
俺は見てないけど、最後に会ったのはその時になるのかな。
それにしても本当にいつの間に九条先輩は三浦さんと繋がってたんだ。
三浦さんも、俺たち家族の問題に巻き込んでしまって申し訳ない…。


「三浦が間もなく参りますので、少々お待ち下さい」
「分かりました。ありがとうございます」


受付の女性にお礼を告げ、少し離れて三浦さんを待つ。
少し経って、足音が近付いて来た。


「お待たせ致しました」
「こんにちは。今日はお時間取って頂いて、ありがとうございます」
「それはこちらの台詞ですよ、九条様」


眼鏡を掛けて、髪を後ろに撫でつけてひと房の乱れもない。
スーツをきっちり着こなしている、この人が親父の秘書、三浦千秋さん。
三浦さんがこちらに視線を向けて微笑んだ。


「お久し振りです、悠里様。また大きくなられましたね」
「お久し振りです。顔も見せず、すみませんでした」
「私の方では何度かお見掛けしているんですがね」
「お墓参りの時ですよね。母のために、ありがとうございます」
「当然のことをしたまでですよ」


ではこちらに、と三浦さんが案内してくれる。
それに続いて、俺と九条先輩も歩き出した。


「三浦さん、ギャップが凄いですね」
「公私をきっちり分けられている、とおっしゃって頂ければ」
「これは失礼しました」


はは、と笑い合う二人に首を傾げていると、三浦さんが悠里様、と口にする。


「社長…貴方のお父様には、悠里様がいらっしゃることは申し上げておりません」
「えっ」
「何かと理由を付けて、逃げられそうでしたので」


親父が、逃げる? 俺じゃなくて?
それを聞いて九条先輩が、似た者親子だなと呟く。
多分、逃げるとかじゃなくて、時間の無駄だと切り捨てるって意味かな。
息子の俺に気を遣ってそんなマイルドな言い方にしてくれるなんて、三浦さんは優しい。
エレベーターに乗ってそのまま進むと、社長室と書かれた扉の前に着いた。


「準備は宜しいですか?」
「は…は、い」
「悠里様、何かあったら私が社長を殴るのでご安心ください」


殴る!?
予想外の言葉に三浦さんを見上げると、三浦さんはパチンとウインクをしていた。
気持ちを軽くさせようとそんな冗談まで…。
九条先輩にも背中を優しく叩かれた。
…大丈夫、一人じゃない。
俺が頷くと、三浦さんも頷き、コンコンコン、と三回扉をノックした。


「三浦です。九条様をお連れ致しました」
「入りなさい」


その声に、ドクンと一際大きく心臓が鳴る。
記憶に違わない、…親父の、声だ。
失礼いたします、と三浦さんが扉を開ける。
そして、足を踏み入れた。
中には、社長席から立ち上がりこちらに歩み寄ろうとする、親父の姿。
…父さん。


「ようこそいらっしゃいました。私が代表取締役の松村祐一です。本日はお父上の代理との……、……三浦」


九条先輩に挨拶を告げていた親父が、俺を見た瞬間言葉を切った。
そして眉間にシワを寄せ、低い声で秘書の名前を呼ぶ。
三浦さんはしら〜っとした顔で、何か? と返した。


「これは、どういうことだ。何故、…悠里がいる」
「腹を割って話し合って頂こうかと」
「騙すような真似をして申し訳ありません。御子息の様子を見て、協力を仰いだのは私です。責任は全て私が負います」
「なっ…」


責任を全て負うのが九条先輩って、それはおかしいだろ…!?
すると三浦さんが一歩前に出た。


「社長。他者を巻き込むまで放っておいたこちらに、責任があるとは思われませんか?」
「…………」


ぐぐぐ、と更に親父は顔を顰める。
しかし直ぐに溜息を吐いて、ソファを示した。


「…どうぞ、お座り下さい。九条の御子息、…悠里、三浦、お前たちもだ」
「ありがとうございます」
「私も?」
「直ぐに退室する気はないんだろう」


どこか呆れたような色を滲ませる親父に、お気遣いありがとうございますと笑顔で言う。
三浦さん、凄いな…。



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