【柳原学園】

□第七章
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「おはよう、松村」
「おはようございます。──九条先輩」


霜枯れの季節となり、冬の到来を間近に感じる今日この頃。
俺はスーツを着て、九条先輩の車に乗り込んだ。


「文化祭、無事に終わったみたいだな」
「はい。前生徒会役員たちも、九条先輩が助言してくれたおかげで成功したーって喜んでました」
「はは、そりゃ良かった」


文化祭が昨日終わり、いろいろあったものの大成功で幕を閉じたその翌日。
今日は文化祭後の休日だった。
柳原の文化祭は大掛かりだから、片付けを翌日にしたり、身体を休めたりするんだ。


「今日は時間取ってもらって悪いな。疲れてないか?」
「俺は大丈夫です。夜もしっかり休めましたし」


俺は生徒会長で文化祭を成功させることが役目だったから展示とかしてない。
身体も昨日は後夜祭に出ずに休んだから疲れもそんなに溜まってない。
それに、九条先輩が今日空けといてくれと、文化祭二日目に言っていたから。
体調は万全に整えてる。


「それにしてもスーツなんて、行き先は…やっぱり教えてもらえないんですよね」
「先方からの要望でな。アポ取ってはみたものの、お前の協力が必要不可欠なんだ」
「それは、勿論。九条先輩の力になれるなら、俺の出来ることは何でもします」
「おっ前はほんとに可愛い後輩だな。髪セットしてなかったら撫でまわしてた」


明朗に笑う九条先輩に、俺も何ですかそれ、と笑い返す。
午前中、スーツで校門に来いと昨日連絡を受けた時は驚いた。
俺の問題を何とかすると言ってはくれたけど、そんな簡単にどうにかなるものじゃないだろうし。
社交辞令かもなと、半分くらいは思っていた。
社交辞令でも全然構わない。
そう言ってくれたことだけで、嬉しかったから。
でもこうして行動に移してくれた。
行き先とか、俺がどうすれば良いのかとか、よく分からないけれど。


「俺本当に何も準備してきてないですよ。大丈夫ですか?」
「心配いらない。向こうにも協力者…もとい、仲介者がいるから話は勝手に進む」
「そ、うなんですか?」


そうそう、と軽く頷かれてしまうと、そういうものかと納得せざるを得ない。
これ以上九条先輩から情報を聞き出せなさそうだし、九条先輩が大丈夫と言うなら大丈夫。
九条家の車なだけあって、とても丁寧な走りだ。
運転手さんも人の好さそうな方だった。
変わる風景を眺めていると、九条先輩が尋ねてくる。


「そう言えば、松村は親父さんのこと、どう思ってんだ?」
「どう?」
「いや、先日どういう人か、どういうことをされてきたか、っていうのは聞いたが、主観的な部分を聞いてなかったと思って」


主観的。
俺はぐぐぐ、と眉間にシワを寄せる。
それを見て、九条先輩は苦笑した。


「そんなに嫌いか」
「嫌い…とか、好きとかじゃ、ないんだと思います」


そう、あの人のことは、嫌いじゃない。
嫌えるはずがない。
だって母さんがまだ生きていた時は、四人で笑い合っていたのだから。


「幼い頃は優しくて。俺やレイがハロウィンで仮装した時とかも、可愛いって写真を沢山撮るような人だったんです」
「へぇ?」
「仕事で忙しくても愛されているのが分かるくらい」


あの笑顔は、本物だった。
でも、母さんが亡くなってからは。


「笑顔も浮かべなくなり、俺たちを躾けと称して暗い部屋に…ほとんど顔を合わせなくなりました」
「最初からそんな人だったら、こんな苦しまなくて良かったのかもな」
「…俺は、あの人が何を考えているのか分からなくて、訊く勇気もなくて」


それから距離が出来てしまった。
昔のあの人は好きだったけど、今は分からない。
九条先輩の問いに強いて答えるなら。


「俺は父親が怖い…んでしょうか」
「なるほどなぁ。ただの恐怖の対象とかじゃなくて、得体の知れない怖さか」
「それが多分、今一番近い感情なんだと思います」


今まで父親のことはあまり考えないようにしてきた。
でも九条先輩がこうして思考を導いてくれたおかげで、俺も何となく分かった。
幼い頃のように、何の疑いもなく愛することが出来たら良かったのに。
目を伏せてそんなことを考えていると、九条先輩が外を見た。


「松村、そろそろ着くぞ」
「あっ、はい、分かりまし、た…」


ハッとして窓の外を見て、目を見開く。
そして九条先輩が俺に何をさせようとしているのかを悟った。


「く、九条先輩…まさか、俺と親父を会せるつもりですか…!」
「正解」


にこりと笑う九条先輩に、思わずごくりと唾を呑む。
車が辿り着いたのは、松村グループ本社だった。
ドクドクと心臓が速まるのを感じる。
確かにいつか話さないととは思っていた。
お墓参りで母さんにいつか三人で来るとも言った。
でも、それが今日なんて聞いてない。


「……っ、…っ」
「松村、今何考えてる?」
「…に」
「に?」
「逃げたい…です………」


九条先輩に申し訳ない。
でもそれが正直な今の気持ちだ。
逃げたい。
会いたくない。
何を言われるか、どんな目で見られるか。
すると九条先輩が、ぽんと俺の肩を叩いた。


「大丈夫。俺が守る」
「え…」
「それに向こうにも強い味方がいるから」


さっき言っていた仲介者、のことか…?
でも、おかげでほんの少し緊張が和らいだ。
だって、あの九条先輩に守るなんて言われたら。
"絶対に、守ってくれる"から。
俺の敬愛するこの人は、そういう人だ。
目を閉じて、ふぅー…と深く深く息を吐く。
そしてゆっくりと目を開いた。
俺のその表情を見て、うん、と九条先輩は頷く。


「よし、行くぞ」
「はい」


俺と九条先輩は車から降り、松村グループ本社へと足を踏み入れた。



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