【柳原学園】

□第六章
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「ふぃー、電話越しに伝わるアオの怒りだった…」


文化祭や校舎を回りながらアディは額の汗を拭う。


「でも、そんなに怒られなくて良かったな」
「おにーさんがフォローしてくれたから。ありがたやありがたや…」


アディに拝まれながら、さっきアオに電話したアディを思い出す。
勝手に離れたアディから電話がかかってきたアオは、開口一番「弁解は」と。
聞いたこともないような感情を抑えた低い声で、それが尚更恐怖を煽る。
しどろもどろな弁解をするアディを見かねて、俺が電話を代わって説明をした。
するとアオから、分かりました、よろしくお願いしますとの言葉を受け取ったんだ。


「アオって、強いよな」
「ピシっと決めるからなぁ、アオは。手の出しやすさを低めた紅龍って感じだ」
「俺の弟が申し訳ない…」
「あ、俺は良いの。あれもコミュニケーションだし」


でもこれ言わないでね、もっとボカスカ殴られるから、とアディはニヒッと笑う。
きっとこういう優しさに、レイも支えられてきた場面は多くあるんだろうな。


「どうしてアオとアカは、星朧に入ったんだ?」
「うーん…星朧が出来る前、紅龍と陣地増やしに勤しんでたら、偶々攻めたチームに、アオが拉致られてて」
「ら…っ!?」


拉致…!? 警察沙汰じゃないかそれ…!
衝撃に何も言えない俺に、アディは思い出すように続ける。


「良い所の坊ちゃんなんだろ? 確認したことねぇけど。で、チーム潰すついでにアオを助けて」
「助かって良かった…」
「そしたらアカがやって来て」


そうか、アカ…緋咲家はアオ、蒼井家の護衛を仰せつかってるから。
アカは助けに来たんだな。


「広がるは血の海。やや殴られた痕のあるアオ。を囲む俺と紅龍」
「…うん?」
「頭に血が上ってたのか知んねーけど、俺らがアオを殴ったと勘違いしたアカが襲い掛かって来て」


あ、アカー!!
でも確かに、夏休みにアオに絡んだスバルに凄んだアカを思い出せば…頷けるかもしれない…。
いつもはニコニコ人懐っこい子だけど、アオのことになると変わるから。
アディは面白そうに目を細めた。


「アカも強かったけど、まぁ、相手が悪かったよな。俺と紅龍だし」
「俺はお前らの強さとか分からないけど、アカが気の毒なのは少し分かる…」
「で、まぁ色々あって誤解も解けて。懐かれて、そのままズルズルと」


そうだったのか…、しかし、拉致。
そんなことをされてれば、アカの過保護っぷりも理解出来る。
偶々で、最初の目的が敵チームを潰すことだったとしても。
助かって良かった。
アディが腕を上げて伸びをする。


「ん〜、ま、アイツらを懐き続けさせたのは俺らだし、責任もって一緒に戦ってやるさ」
「守ってやる、じゃないのか」
「アイツらが求めてるのは、そういうんじゃねぇから。…ちなみに今話したの全部、オフレコだから」


いつもおにーさん、と笑顔を見せるアディとは違って。
あぁ、なるほど。
これが、銀狼か。


「何か…カッコいいな」
「えっ!? ときめいた!?」
「少し」
「やったー!!」


俺がそう返すと、アディは万歳をしてぴょんぴょん跳ねている。
あ、いつものアディに戻った。


「それにしても、こうしてプラプラ歩いてるだけで良いのか? 多分まだやってるブースとかあると思うけど」


アディの希望で、文化祭を周る、というか。
柳原をぐるっと一周したり、ひと気の無い校舎を見て回ったり。
ただ散歩してるだけ。
文化祭を周りたかったんじゃないのか?


「柳原の文化祭はアオアカと周ったし。俺はゆっくり、おにーさんと話したかっただけ。…二人きりで」
「……っ」


ふ、と、翠の瞳が細められる。
とても、とても真っ直ぐで。
初めて出会った時からそうだった。
ストレートに、想いを伝える人だった。


「おにーさん、好き。大好き」
「な…、ま、また、突然だな」
「突然じゃない。街にいる時もずっと、おにーさんを想ってる」


そっと、指に触れられて、ビクリを肩を震わせる。
辿るように指を握られた。


「俺、本気で、おにーさんが好き。その心が、笑顔が、全部が、好き」
「アディ…」
「俺と、付き合って下さい」


…夏休みの時。
勢いでキスをされて、俺が返事はいるか、と問うと。
まだ要らない、と言っていたのに。
今、言うのか。
そんな愛しくて堪らないという、顔で。
その感情を、好きだと言う感情を、知ってしまった俺に。


「…、…っ」


俺は、俺はその気持ちに、応えられない。
だって俺は、松村の長男で、後継者で。
九条先輩はどうにかしてやると言ってくれたけど、そんな簡単に変わるものでもない。
それに、俺は。
俺の、好きな、奴、は。


「…? おにーさん…? おにーさん、どうしたの。なんでそんな…」
「──『何ナンパされてんだ、しかも男に』」
「……ッ!!」


ひゅっ、と、息が引き攣れた。
夏祭りで俺がアディと再会して、戻るのが遅かった俺を連れ戻しにきた第一声と、まったく同じ。
言葉。そして、声。
ゆっくりと顔を上げて、目を見開く。
そこには、不機嫌そうな表情をした、御子柴が、立っていた。
サーッと何故か指先が冷たくなる俺を置いて、アディが眉根を寄せて一歩前に出る。


「なんでアンタがここにいるんだよ、帝王」
「柳原の生徒が白髪の不良にひと気のない場所に連れ込まれたのが見えた、って言うタレこみがあったんだよ」


めんどくさそうに溜息を吐く。
そしてスッ…と、俺を見据えた。


「紛らわしいことして手間取らせんじゃねぇ。生徒会長だろうが」
「わ…っ分かっ、てる」
「分かってる? …テメェのクラス、執事喫茶の問題。聞いてみれば、お前が関わってたらしいじゃねぇか」


確かに、俺がもっと上手く対応すれば、スバルだって紅茶をかけられずに済んだかもしれないけど。
ここでいつもの俺様生徒会長なら。
階段から落ちて気を失って、風紀の仕事を俺にさせた奴に言われたくない、とか言い返すんだろう。
でも今の俺は、上手く言える自信がない。
もういっぱいいっぱいなのに。


「…あのさぁ、帝王」


何も言えない俺をどう思ったのか。
アディが御子柴から護るように、俺の頭をそっと抱いた。


「俺、今ちょうどおにーさんに告白してたんだよね。付き合って下さいって」
「…あ?」
「だからアンタ、めっちゃ邪魔。俺の恋人になるかもしれない大切な人、苛めないでくんない?」


思わず口から声が漏れ出そうになった所に、アディはぎゅっと更に強く俺の頭を抱いた。
アディの顔も、御子柴の顔も見えない。
ただ、アディの、ほんの少し速い鼓動が聞こえて来る。


「……」
「なに、何も言わないわけ? 『どんな奴かよくも知らないで生意気だ』とか」
「……」
「『それだけしか知らねぇ野郎がぬかしやがる』とか。夏祭りの時みたいに」


さっきみたいに。
アディはそう告げる。


「…俺には、関係ねぇだろ」
「夏休みとは全然態度違うな。別に良いけど、邪魔者が消えるなら」
「……」
「まぁ、また同じこと言われても、今日は反論する」


アディが両腕で、完全に俺が御子柴から見えなくなるようにして、口を開いた。


「俺はお前より、おにーさんを知ってる。…一回、エッチなことした仲だし」
「……っ!?」


今までのこと吹き飛ぶレベルで、ギョッとした。
お前、お前、それ言うのか!?
普通言わないだろ!?
あの時だって、紅龍にバレたら殺されるから秘密にっていう話だったのに…!!
よりにもよって、御子柴に…!!
あまりのことに顔を脱出させようと試みるけど、逃がさない、表情を見せないとばかりに抱かれる。
どうにもこうにも行かなくて、暫く続く沈黙に思いを巡らせる余裕もなく。
脱出から意識が逸れたのは、アディの言葉だった。


「…紅龍も大概面倒くせぇけど。アンタが一番面倒臭いよ、帝王」


…面倒くさい? 御子柴が? …何故?
アディが少し声量を上げて、呆れた声色で続ける。


「紅龍も、アカも、アオも、霧島さんも、新庄も、黒瀬も、コウたちも、蝶々さんも、帝王も、皆、皆、めんどくせぇ」
「テメェ…」
「好きなら好き、嫌いなら嫌い、殴るなら殴る、守るなら守る。なんでしない? 想いと行動を一致させるだけなのに」


ぐ、と、俺は口を噤んだ。
何故アディが急にそんなことを言い出したのかは分からないけど。
その言葉は俺の心に、刺さった。


「好きなのに傷付ける、嫌いなのに愛想を振り撒く。そんなの、相手が可哀想だ」


それに、と。
アディは口を開いた。


「──何より、自分が可哀想だ」


…あぁ、アディ。
お前はずっと、真っ直ぐに、向き合ってたんだな。
それは、俺たちだけじゃなくて。
自分自身にも。
じわり、と、アディの胸の所にシミが出来る。
頬を流れるはずの雫が、顔を抱かれているせいで。


「…お前の戯言に、付き合ってられるかよ」


そんな小さな声が聞こえて、足音が一つ、遠ざかっていった。
暫くそのまま抱かれていたが、ふぅー、という気の抜けた呼吸が聞こえたと同時に、拘束が解かれる。


「やべー、帝王に殺されるかと思った。苦しかったよね、ごめんねおにーさん」


そう言って、アディはいつものように翠の瞳で真っ直ぐに俺を見つめて。
俺の瞳から零れ落ちる涙を、そっと指で掬った。



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