【柳原学園】

□第六章
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(新庄side)



「俺たちも事情聴取に行った方が良いんだよな」
「あ、いや、金髪の彼が保健室に行くよって…」


すると保健室の扉がノックされ、返事を待たずに開けられる。
その金髪の、綾部とかいう奴かと思えば。
保健室に入ってきたその髪色に、俺は反射的に立ち上がった。


「テメェ紅龍!!」
「うわ…ほんとにお前らかよ…なに柳原にまで来て暴れてんだ」
「巻き込まれたんだよ!!」


紅龍は呆れ顔で俺たちを通り過ぎたと思えば、松村悠里の腕にそっと触れる。


「大変だったね。怪我はない?」
「あぁ、俺は大丈夫だ。心配掛けた」
「良かった。あ、その執事服カッコいい。何でも着こなせるよね、ユウは」


情けないことに、ヒッという声が出た。
なんだ誰だこの温和に微笑む目の前の人間は。


「紅龍の偽者だろお前!!」
「喚くな。俺こそさっき風紀でお前らの名前聞いて偽者だと思いたかったぜ、新庄、黒瀬」
「アレじゃないですか、紅龍ブラコン説」


確かに紅龍がブラコンだって噂で聞いたことはあるけどよ!
人間変わり過ぎだろ…!?
ゾッとして喧嘩する気すら失せた。
紅龍ははぁ? と本気で呆れたような表情を浮かべた。


「ブラコンなのは自他共に認めるが、それ抜きにしたってユウはカッコいいだろうが」
「それは分かる」
「お前にユウの何が分かるんだよ黒瀬表出ろ」
「俺喧嘩強くないから。お飾りの副総長だから」
「レイ、そのくらいにしておけ…」


松村悠里は顔を押さえながら紅龍の肩を叩く。
その指から覗く顔は赤かった。


「まさかそういうの街でも言ってたのか? そりゃ星朧の皆からの期待が凄いわけだよ…!!」
「カッコいいだけじゃなくて照れるの可愛いし謙虚さも備えてるとか完璧通り越して最早神からの贈り物では?」
「レイお前普段そんなこと言わないだろ! 何変な牽制してるんだよ!」


街では結構このレベル普通に言ってるみたいですけどね、と黒瀬は俺に耳打ちしてくる。
いやもう…このブラコンの塊と紅龍は別モンだと考えることにする。
こんなブラコン野郎に俺のチームが負けたのかと思うと、どっかに頭ぶつけて記憶喪失になりてぇ。
コホン、と松村悠里は咳払いした。


「ところで、何でお前が来たんだ」
「あぁ、さっき和樹先輩から執事喫茶での件の説明と、『ごめーん、呼び出し喰らったから代わりに保健室のユーリ会長と新庄昴っていう来賓者に事情聴取しといてー』っていう連絡を受けて」
「何で紅龍が? 弟だから?」
「それと、俺が風紀委員だから」
「どうなってんだ柳原」


風紀委員長が不良だって聞いた時と同じツッコミが出た。


「柳原ヤバ過ぎだろ…人選ミスも甚だしくねぇ…? 紅龍が取り締まられる側だろ…」
「他校でも暴れるテメェと違ってこっちは大人しくしてるんだよ」
「だから今回は巻き込まれただけっつってんだろうが」
「紅茶ぶっかけられたって? ご愁傷さま、因果応報だバーカ」
「いつまでも根に持ってんじゃねぇぞ、ブラコン野郎」
「はいはい、抑えて抑えて」
「レーイ。麗斗。煽るんじゃない」


完全にメンチを切り合っていると黒瀬と松村悠里に押さえられる。
因果応報って何回言われれば良いんだよ。


「事情聴取するんだろ。と言っても黒瀬が伝えたのとそう変わらないと思うけど」


そう前置きして、松村悠里は先程のことを順序立てて説明する。
突然二人組が入って来たこと、その二人が言ったこと。
クラスメイトとその二人組の間に割って入ったこと。
腕を掴まれたこと。
紅茶をかけられそうになった瞬間、俺に引っ張られたこと。
代わりに俺が紅茶を掛けられたこと。
殴りかかって来た一人を俺が押さえたこと。
もう一人松村悠里に殴りかかって来た奴を自分で押さえたこと。
全部聞き終わった後、紅龍はなるほど、と呟き俺に視線を向けた。


「……」
「な、なんだよ」
「ユウが怪我をしなかったのは一応お前のおかげのようだから、礼は言っておく」
「………、…は?」
「でもそれと夏休みにユウに水ぶっかけたのとは別だからな」
「だからそれはもう良いんだって…」


俺が良くないんだよ、と松村悠里にぼやく紅龍。
さっきの言葉が、ゆっくりと時間をかけて頭に入ってくる。
礼? 紅龍が? 俺に?


「…おぇっ」
「どうしたんですか、新庄さん」
「いや…紅龍に礼を言われたと思うと具合悪くなってきた」
「そうかもう一生言うことはねぇから安心しろよ」


中指を立てる紅龍に松村悠里は諦めたように苦笑している。
紅龍が、何よりこの俺に、礼。


「少しくらいは認めてくれたんですかね、紅龍」


兄弟に聞かれないくらいの声で、黒瀬が呟く。
夏休み、松村悠里に紅龍を貶めようとするのは認められたいからかと挑発された。
そんなこと死んでも、口にはしねぇけど。
あぁ、何だこれ、胸んとこが、何か。


「スバル、黒瀬、お前ら今からどうするんだ?」
「んー、もう少し見て回りたいと思ってるけど」
「…まぁ、学校の代表として来てるし、報告するには足りねぇな」
「そう言えば、紅龍の所はなにやってるの?」
「女装喫茶」
「え、何それ柳原面白すぎる。行きましょう新庄さん」
「は、はぁ?」


黒瀬が俺の手を引っ張り、保健室から出る。
男の女装見て何が楽しいんだよ!!
紅龍たち案内してよ、という黒瀬の申し出に、フラフラ迷われるよりはと思ったのか兄弟は俺たちの前を歩き出す。


「レイは大丈夫なのか…?」
「三日目は念のためシフト入れてもらわなかったんだ」
「そ、そっか…実はアディとアオアカも来てて、少し心配だった」
「駄犬も? チケットやって…あぁ、アオかな」
「そう言ってた」
「まぁ、問題起こさないなら目を瞑ってやるか」


誰かさんたちとは違ってな、チラリと後ろの俺たちに視線を向けられた。
テメェやっぱ喧嘩売ってるよな?


「自分の飼い犬躾けられてねぇ奴から言われてもな」
「あの駄犬は脳みそねぇからどんだけ躾けても無駄だ」
「アディのことボロクソに言いすぎだろ」


そんな風にいつの間にか銀狼の話をしていた俺は。
後ろから付いて来ていたはずの黒瀬がいなくなっていたことに気付かなかった。




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