【柳原学園】

□第六章
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新庄さんの言い方も悪いけど、紅龍兄も鈍感だよね、と黒瀬に言われる。
皆して鈍感鈍感言いやがって…。
まぁでも、親衛隊が整備されたことだけじゃなくて、他にも。


「風紀委員もいるからな」
「風紀って、朝校門に立って挨拶するとか制服着崩してる生徒注意したりする程度じゃないの?」
「……柳原風紀委員は、力による問題解決の権利を有している」
「うわなにその不良ホイホイの委員」


その言葉に何人かの顔が浮かんでしまう。
…委員長のこと、総長! って呼んでる委員ばっかだからな…。
何よりレイも風紀だし…これは言わないでおくか…。
それでも風紀が乱れてないのは。


「…風紀委員長が、委員が暴走しないように統率してる」
「委員長、お堅い感じなんだ?」
「いや、不良だけど」
「どうなってんだ柳原」


ほんとにな。
でも、…うん。
本当に悪い奴だったら、風紀委員長を任されていないし。
俺も。
こんな気持ちは、抱かなかったんだろう。
そんなことを話しながら、2-Aに到着した俺は関係者入口から入る。


「調子はどうだ」
「悠里君。来てくれたんだ」
「悠里様!」
「賑わってるみたいだな、亮、真紀」


裏方で迎えてくれたのは、亮と真紀だった。
真紀は顔を真っ赤にして口元に手を当てている。


「悠里様、執事服、素敵です…」
「真紀、敬語出てるぞ」
「っそうでした、じゃなくて、そうだった。でも本当に、似合ってる」
「綾部君、デザインや服飾の才能あるよね」


他のクラスメイトたちも、似合ってる、素敵、カッコいい、と口々に褒めて来る。
少し照れくさくて、お前らもな、と返すと眩しい! と顔を背けられた。
そんな顔を背けなくても。


「紅龍兄のジゴロっぷりヤバいですね…ライバル沢山ですよ、新庄さん」
「…俺の好敵手は紅龍だけだ」
「はいはい」
「そちらの方は?」


俺の後ろでボソボソと話していたスバルと黒瀬に気付いた真紀が尋ねて来る。
あぁ、そうだった。


「俺の知り合いの新庄と黒瀬。今から二人、入れられるか」
「んー、もう直ぐ出るお客さんいるから大丈夫だよ。捻じ込める」
「悪いな」
「何よりスタッフ一名増えるし? 今から入ってくれるんでしょ? 悠里君」


亮に爽やかに微笑まれて、俺は頷く。
すると亮がパンパン、と手を叩いた。


「当店ナンバーワンの執事入りまーす」
「ホストクラブじゃねぇんだから」


ホストクラブのこと特に詳しく知ってるわけじゃないけども。
亮のその声と共に裏方がにわかに騒ぎだし、テキパキと皆が動き出す。
なにが起こってる…?
おい、と声をかけると、真紀が得意げに笑う。


「悠里様の執事なんだから、特別な演出にしなきゃだよね」
「いや、そんな必要は…」
「皆待ちに待ってたんだから。これくらい許してよ」


許してよ、と言われると弱い。
俺抜きで今までやっててくれたし、困るようなお願いでもないしな。
でも特別な演出ってなんだ?


「俺は何をすれば良い?」
「悠里君には一組のお客さんに対応してもらった後は、気高い執事様として専用席に座って誰でも眺められるようにしようと思ってたんだけど」
「それはもう執事じゃなくねぇか…?」


何か…別の店な感じがする。


「うん、悠里君そう言うかなと思って、逆にメインで動いてもらおうかと」
「メイン?」
「悠里君は出来る限りのテーブルに対応してもらって、僕たちはサポートに回るよ」


メイン。俺が。
…ちゃんと執事出来るかは正直自信ないけど。


「分かった。俺に見惚れてねぇで、お前らもしっかり動けよ」
「ん。悠里君は自由に動いて大丈夫。周りは僕が回すから」
「こういう指示に適任な所、学級委員長って感じだよね、坂口君は」
「褒め言葉として受け取っておくね、真紀君」


爽やかに笑う亮とふんと鼻を鳴らす真紀。
お前らのそういう所は相変わらずだよな。
話が落ち着くと、桃矢が口を開いた。


「……悠里。俺は一度警備の方に戻る」
「分かった」
「……坂口」
「うん、終わりそうだったら連絡するよ」


そんな、桃矢は俺の保護者じゃないんだから、と言いたい所だけど。
…何もなくても、俺のことが心配なんだろうな。
口を出して来ない俺に何を思ったのか、桃矢は黙って俺をジッと見つめて。
突然耳元に唇を近付けてきた。
思わずビクッとすると、そっと囁くように。


「……お前が他の人間に奉仕する姿を見ると、妬いてしまいそうだから」
「な…っ?!」
「……じゃあ、また」


ぽん、と肩を叩き、桃矢は去ってしまった。
その背を見送りながら、俺は耳を押さえ、わなわなと震える。
あ、いつ…言い逃げした…っ!!
保護者として心配してるんじゃないぞ、と。
俺に伝えるために…!


「紅龍兄、もしかしてさっきの彼と付き合ってるの?」
「違う!」
「…アイツ、俺らとお前が話してる時すげぇ目で見てたぞ」


え?! あまり口挟んでこないのは気を遣ってだと思ってたのに。
アディの言葉が蘇える。
──好きな人に、親密そうな相手がいると、妬きます。
喧嘩売られてるのかと思ったとの二人の言葉に、俺は頭を抱えた。
分かりましたか、という問いに、はいと頷いたのに。
どうやら俺は、ちゃんと分かっていなかったらしい。


「悠里君、大丈夫? 入れそう?」
「…あぁ、構わない」
「今更言うことでもないと思うけど」


そう一言前置きして、坂口はホールへの道を示す。


「愛でられるのも覚悟がいるんだよ」


桃矢に告白めいたことを言われたことだけではなく。
他のことも踏まえたような言葉に、俺は久々に口元を引き攣らせた。
どこまで知ってるんだ、こいつは。
俺は一つ咳払いをして、ネクタイを直す。


「行ってくる」
「このお二人は後で案内するから」
「頑張ってね、悠里君」


真紀と亮に見送られて、俺はホールへと足を踏み入れた。
そこは教室には見えない、格式高い装飾と、落ち着いた雰囲気が演出されていて。
それぞれのテーブルには、若い男女たちがティータイムを楽しんでいた。


「……!? 松村様!?」


一人の柳原の学生が俺に気付き声を上げると、周りの人たちも俺に気付く。
ざわざわと黄色い声やざわめきが広がった。
俺は文化祭前の、レイや森宮、綾部のアドバイスを思い出す。
俺に求められているのは、ただの従順な執事ではない。
あくまでも、"俺様な生徒会長"が奉仕するのが至上なのだと。
演技の上に演技を重ねるようなものだけれど。
信じるからな、お前ら。
俺はそっと自分の口元に人差し指を持って行く。
それを見たお客さんたちは、それだけでざわめきを止める。
俺は口の端を上げた。


「──お利口さんです。ご褒美にこの私自ら、ご奉仕させて頂きましょう」


この俺に奉仕させたければ言うことを聞けと。
どちらが上か、本来の執事ならあるまじき言葉を告げた瞬間。
声にならない黄色い声が執事喫茶に響き渡った。



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