【柳原学園】

□第六章
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アディはエメラルドグリーンの瞳を目一杯に開いて、俺を食い入るように見つめている。
まさかアディも来ていたとは…と言うか、今何て言った?


「結婚、って…」
「おにーさん、何その服…! めっちゃくちゃに合ってる…! 執事だよね? やば…えろ…」
「え…っ!?」


アディの言葉に思わず素で目を見開くと、俺の手を握っているアディの腕を掴む手が。
その主を見ると、桃矢が珍しく眉間にシワを寄せていた。


「……手を離せ」
「は? アンタ誰? おにーさんの何?」
「おっ前ら、止めなさい…!」


流石に受付でやり取りするには目立ちすぎる。
受付の二人も口に手を当てて怖がって…はわ〜、って言いながら何で顔を赤らめてるんだ君たちは。
俺は桃矢とアディの腕を掴み、アカとアオにアイコンタクトをしてその場から少し離れる。


「あんな目立つ所で剣呑な雰囲気出すな。柳原のイメージに関わるだろ」
「……すまない」
「アディも、何でいつもそんな喧嘩腰になるんだ」


夏休みの時、御子柴や綾部にも喧嘩腰だったもんな。
あれは明らかに不良然としているお互いを警戒して、だったけど。
桃矢はどこからどう見ても不良っぽくないし、そもそも柳原の生徒なのは分かるだろうに。
するとアディはぷくぅ、と頬を膨らませた。


「俺は、おにーさんに好きって言いました」
「…そう、だけど、それが、何か」
「そんなおにーさんに、好きな人に、親密そうな相手がいると、妬きます」
「…なる、ほど」


分かりましたか、と何故か丁寧な口調で言い聞かせるように告げるアディに、思わずはいと頷く。
妬きます、嫉妬、なるほど、それは俺にも、もう分かる。
もしかして、夏休みの喧嘩腰も…?
いやでもあの時は御子柴と明らかに喧嘩してるだけだったしな、俺。
そんな俺と御子柴に嫉妬するって変だし…やっぱりあれは不良同士の牽制か。


「…銀狼さん」
「あ」


するとアディの二つ名を呼ぶ低い声が聞こえたかと思うと、アディはハッとした表情を浮かべる。
見るとアオが顔に影を作って、アディを睨みつけていた。


「銀狼さん、俺言いましたよね。大人しくするという条件で連れて行きますと」
「だ、だっておにーさんが予想外にエロい恰好で迎えてくれたから…!」
「悠里さんの恰好と、銀狼さんの行動は別問題です。反省して下さい」
「ごめんなさい…」


ぴしゃりと言い放ったアオにアディは素直に謝る。


「アオを怒らせるなんて、銀狼さんも馬鹿なことするなぁ」
「どういうことだ? アオが連れて来た?」
「あぁ、蒼井と緋咲で今回の文化祭のチケット申請しようとしてたら、俺も行きたいって銀狼さんが懇願して来たんす」
「日頃からお世話になっていますから、銀狼さんの分も申請したんですけど…」
「だぁって、紅龍の奴『一昨日来いよ、駄犬』っつって電話切りやがったの! 無視!!」


レイ…そんなことを…。
友達は大事にしなさいって言ったんだけど…まぁ、これが二人なりの友情の築き方かもしれない…。


「でもそれなら俺に直接言えば、俺がチケット取ってやったのに」
「それはちょっと…あの…」
「夏休みの時に、埋め合わせするって言っただろ?」


生徒会と風紀の合同合宿の時に、祭りで偶然一人だった俺と会って、一緒に回りたいと言ってくれた。
そこに俺を捜しに来た御子柴と綾部、そしてアディでひと悶着あったんだけど。
合宿中だからアディと回れない代わりに、いつか埋め合わせをするということであの時は落ち着いた。
柳原文化祭のチケットを取るくらい、俺がしたのに。
そう言うと、アディはぎゅっと拳を握りしめて意を決したように口を開く。


「っ埋め合わせなら、俺と、文化祭一緒に回って下さい!!」
「…一緒に?」
「おにーさんが時間ある時で良い! ほんの少しで良いから!!」


文化祭を、二人で、回る。
俺はふむ、と内心考える。
時間がある時、か…受付での挨拶、生徒会長の仕事、指示、文化祭委員との定時連絡、今日は執事喫茶にも顔出し…。
…時間、あるかな…。
そう思いながら、アディの顔を見る。
ここまで、必死にお願いされちゃったらなぁ。


「…分かった」
「!! マジ!?」
「ただ、もしかしたら、終了間際か…文化祭終了後になるかもしれない。ただの学校案内になる可能性も…」
「それで良いよ。おにーさんと一緒にいたいだけだから」


嬉しそうにニコニコと笑うアディに、少し胸がきゅんとする。
俺はストレートな物言いに弱いのかもしれない…可愛く見える…。


「すみません、悠里さん。うちの副総長がご迷惑を…」
「構わない。それより案内は必要か?」
「三人でテキトーにぶらぶら見て回るんで、大丈夫っす」


大丈夫って言っても、アカとアオには自分たちが入学するかもしれない学校なわけで。
せっかくだし詳しく見てもらいたいところではあるんだけど…。
そうか、と言いながら、ふと視界に入る人影。
あれは…俺の親衛隊隊員…?
その生徒は俺たちを見てどこかに電話、何かを話して電話を切り。
グッ、とサムズアップしてどこかに歩き去った。
そして何故かチラチラと視界に増える、俺の親衛隊隊員。
もしかして、俺の知り合いが来たって親衛隊連絡網に回った?


「悠里さん?」
「あー、何かあれば、周りの生徒に声をかけろ。俺の名前を出しても良い」
「俺の名前出せっていうカッケー台詞、マジで似合うっすね!」
「分かりました。何から何までありがとうございます」
「おにーさん、またね!!」


ぶんぶんと大きく手を振るアディ、丁寧に頭を下げるアオ、何故か敬礼するアカ。
三者三様の別れをし、中へ入って行った。


「……悠里」
「悪い。あの三人はレイが街で世話になってた奴らで、夏休みに知り合った。アカ…小さい二人は中三で今度うちを受験したいらしい」
「……あの、もう一人は?」
「アディ…月岡アドルフ、レイと同い年で…何と言うか…」
「……告白されたのか」


だよな、そこ気になるよな。
桃矢にも告白めいたことを言われた手前、少々頷きにくい質問なんだけど。


「…まぁ、そうだな」
「……もし何かあれば誰でも良いから連絡してくれ」
「流石にアディも、ここでは何もしないだろ」
「……"ここでは"…?」


失言でしたー!!
ここでは、って、それなら学園外では何かされたと言ったようなもの!
確かに! 霧島さんの喫茶店ではいろいろ…その…手を…出されはしたけれども!!
あそこはアディたちのホームグラウンドだっただけであって。
そんなことそうそう起こらないから!!


「……俺もついて行こうか」
「…構うな。大丈夫だから」


埋め合わせをすると言ったのはこちらだし、アディの誠意に横槍は入れたくない。
この話は終わりだと、桃矢の視線を感じながら俺は受付へ戻った。



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