【柳原学園】

□第六章
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「どうして、ここに」
「おいおい、寂しいこと言うなよ。前生徒会長が学園のこと気に掛けるのは当然だろ?」


いや、だって、九条先輩絶対忙しいでしょうに。
なのにまさか、来るなんて。
俺は今、どういう表情をしているのか。
九条先輩は俺の顔を見て、ふむ、と小さく呟いた。
そしてわしゃわしゃと俺の頭を撫でる。


「っ、なに、を…っ」
「おい黒田、松村借りるぞ。一緒に文化祭回って来る」
「……どうぞ」
「待って下さい、桃矢一人に任せられません」


二人でも保護者たちへの挨拶は大変だったのに、一人でなんて。
元々桃矢は俺に付き合ってくれてるだけなのに。
先輩に撫でられて荒れた髪を直しながら言うと、桃矢は首を振った。


「……一人じゃない」
「呼ばれた気がしたから来たよ」
「…亮?」


そう言いながら顔を覗かせたのは、亮だった。
今日も執事服。
呼ばれた気がしたって…何かの情報が回って来たとか…?
亮は九条先輩へと視線を移し頭を下げた。


「お久し振りです、九条先輩」
「よ。お前だろ、アイツに俺の情報売ったのは。坂口」
「すみません」
「責めてるわけじゃねぇよ。実際に見て、お前らの言いたいことが分かった」


な? と何故か俺を見て笑顔を浮かべられる。
な、と言われても、何のことだか…。


「前みたいな情報の使い方より、よっぽど良い」
「お蔭様で、悠里君とも友達になれましたよ。…彼女、もとい彼とも」
「そりゃ良かったな。偉いぞ」


先輩はわしゃわしゃと、亮の頭も撫でた。
ま、魔王の頭撫でるなんて…。
周りの人たちも信じられないものを見ている目をしてる。
やっぱりすごいな、九条先輩…。


「さて。新旧生徒会長で文化祭楽しんでくるから、お前らここ頼めるか」
「分かりました」
「いや、亮、お前が付き合う義理は」
「気にしないで。真紀君に、受付で宣伝して来いって頼まれただけだから」


真紀、お前もお前で凄いな、あの魔王をパシりのように…。
九条先輩がよし、と俺の背中を叩いた。


「案内頼むな、松村。お前の作り上げた文化祭、見せてみろ」
「…はい」


ここまで先輩に言われたら、断る道理もない。
しばらく桃矢と亮に任せて、先輩を案内しよう。


「あ、九条先輩。あの人から伝言です。どうかお願いします、と」
「ん」


亮の言葉に九条先輩は軽く手を振って、学園の中へと足を踏み入れた。
伝言って、誰から…?
そんな疑問を口にする間もなく、九条先輩に背中を押される。


「さて、松村。まずはどこに行く?」
「えっと…あ」


そう尋ねられて最初に浮かんだのが。


「お、久し振りだな、お前ら」
「!?」
「え、生徒会長!?」
「新旧生徒会長だ、豪華だろ?」


そう、九条咲良ゲームである。
受付をしていた野本と川井は突然現れた九条先輩を見て、ガタガタと椅子を鳴らして立ち上がった。
九条先輩は俺の肩を組んで、にっと笑う。
そんな俺たちを、え、え、と信じられないような表情で交互に見た。


「九条先輩? え、なんで?」
「後輩たちの顔を見に来たんだよ」
「本物? 本物の会長?」
「本物の元生徒会長。もう顔、忘れたか?」


ん? と顔を覗き込まれた二人は、ふわぁ〜、と赤面して口元を押さえた。


「まさか、まさか!! また会えて嬉しいです!!」
「あの、文化祭に呼ばなかったのは、忙しいと思ったからで、忘れたなんてそんな」
「分かってる、冗談だ。よくやってるみたいだな」


よしよし、と頭を撫でられた二人は感極まったように震える。
こうなると思ったんだ。
元生徒会役員は、副会長を除いて皆九条先輩大好きだったから。
連れて来て良かった。


「で、お前らのクラスは何やってんだ?」
「え」


九条先輩に尋ねられた瞬間固まった二人。
そんな二人の様子に気付かなかった振りをして、俺はさらっと答える。


「脱出ゲームです」
「へぇ、面白そうだな」
「謎は佐原を含めた皆で考えたそうですよ」
「佐原も同じクラスなのか。そりゃすげぇな」


そう説明する俺の胸ぐらを、川井はぐいっと掴んで小声で話し掛けて来た。


「まーつーむーらー? お前、このゲームの内容知ってるでしょ…!」
「九条先輩に怒られたらどうするんだよ…!」
「九条先輩は怒らないって昨日言ってただろ」
「怒るっていうよりドン引かれるかもしんないじゃん…!!」


自覚はあったのか。
…まぁ、謎解きの答え全部が九条先輩にまつわるものだからな。
でもそれは、神のみぞ知る、もとい九条先輩のみぞ知る。


「九条先輩、入ってみましょう」
「松村ァ!!」


俺は浮かべたこともないような笑みを浮かべて、九条先輩の背中を押した。
後ろで叫ぶ二人の声を聞きながら教室に入る。
思わず小さく噴き出すと、先輩は珍しいものでも見たように首を傾げた。


「なんだ?」
「いいえ、何でも」


ふーん、と先輩は相槌を打ちながら、設定と謎を見付けた。


「松村はもうやってんのか?」
「はい。俺は先輩のサポートをします」


とは言っても、俺のサポートなんて必要ないと思うけど。
そんな考えの通り、先輩は軽々と謎を解き、見事脱出した。
教室から出て来た俺たちを、川井と野本は緊張した面持ちで迎える。


「あ、あの、どうでし、た?」
「うーん、ちょっと足りねぇな」
「な、何がです?」


足りない?
俺も唸る九条先輩の言いたいことが分からず、その続きを聞く。


「この脱出ゲーム、俺がテーマだろ?」
「は、はい」
「なら、足りねぇ答えがある」
「足りない答えとは…?」
「お前らの名前が答えの謎がない」


その言葉に、俺たちはぽかーんと口を開ける。
どういう意味…?


「俺の誕生日、俺の功績、俺の好きなもの。なら俺の大事なもののジャンルとして、お前らの名前も導き出せる謎がねぇと」
「!!」
「そんな、九条先輩がテーマのものに、俺たちの名前なんか」
「何でだ? お前らも、一年共に生徒会をやり遂げた大事な仲間なのに」


その言葉を聞いて、二人は。
どばっ、と泣いた。


「い、良いんですか、そんな」
「良いも何も、事実だ。他にも、柳原の行事とか、成り立ちとか、そういうのを導き出せるものも良いかもな。柳原自体も俺、大事だし」
「はい!! 作ります!! 佐原! 隠れてないでさっさと新しい謎作るよ!!」


川井が声を掛けた方を見ると、佐原が目元を押さえて静かに泣いていた。
そんな所にいたのか、半ば正気を保っていた謎を作った佐原…。
来てくれてありがとうございました! と三人は頭を下げて、九条先輩を見送る。
まだ頭を下げている三人を後ろに見ながら、俺は息を吐いた。


「…流石ですね、あの三人にあそこまで…」
「他の奴らもそうだけど、あの三人は特に俺に妄信的だからな」


その台詞に俺は目を瞬かせる。
妄信的。


「あの脱出ゲーム、外部の人間ならまだしも内部の人間なら俺がテーマなのはすぐ分かる」
「そうですね…」
「でもそれじゃ駄目だ。これは"柳原学園"の文化祭なんだから」


駄目だとハッキリと口にする九条先輩。
肩を揺らした俺に気付いた先輩は、あぁ、と笑って見せる。


「悪くはねぇよ? 普通にあそこまで好意を向けられるのは嬉しいしな」
「…はい」
「ただ個人的には、って話だ。柳原の文化祭なんだ、どうせなら柳原がテーマの方が評価されやすい」


…そうか、だから先輩は、元生徒会役員の名前、そして柳原の成り立ちなんかも引き合いに出したのか。
そうすることで九条咲良ゲームが、柳原学園ゲームになる。


「あの人たちの好意を無碍にしない言い方で、柳原学園にテーマをシフトチェンジさせたんですか」
「あぁ。その方がもっと良くなる」


…もっと、良くなる。
黙ってしまった俺に、先輩は横目でチラリと視線を向けた。


「松村。俺を冷たい奴だと思うか? 好意を知った上で相手を操るような人間だと」
「そんなことは…」
「俺も俺の人間性を肯定しようとか思ってねぇ。だがな。好意に気付かないまま操る方が、よっぽど性質が悪ぃ」


松村、と先輩は俺を見据える。


「お前はどれほど、自分に向けられる好意を自覚している?」


ひゅっ、と息が引き攣れた。
好意を、自覚。
それは、演技をしている俺にとって、答えのない問いだった。
向けられる好意はあれど、それは、俺自身ではなく。
演技をしている俺に向けられるものだから。
答えられない俺をどういう思いで見ているのか。
九条先輩はパッと表情を変えて明るく笑った。


「ま、良いさ。気付かれたくない好意っつーのもあるだろうし」
「……」
「松村、次はどこへ行く?」
「次は…」


すっぱりと切り替える先輩に俺も何とか頭を切り替えて、次々と案内していく。
皆驚くと同時に、また会えたことに喜んで。
皆が笑顔を浮かべていた。
一通り見終えると、先輩は満足したようにひと息ついた。


「はー、今年も柳原の文化祭はすげぇな!」
「先輩にそう言ってもらえると、俺たちも報われます」


九条先輩を満足させられたのなら、もう成功だと言っても良いじゃないだろうか。
二年間も柳原を引っ張った伝説の生徒会長。
生徒会長と松村の名前に空回っていた生徒会引き継ぎ期間。
そんな俺に、九条先輩は、俺に認めさせてみろと。
学園を纏めるとか学園の顔になるとか、どうでも良い。
俺一人に認めさせてみろ、たった一人だ。
まずは俺を見ろ、俺だけを見ろ。
俺にここまで言わせるんだ。
お前はもっと、自分を誇っても良いと思うんだが?
そんな自信満々な、ともすれば傲慢ともとれる言葉に、俺は。
俺は確かに、肩の荷を下ろされたんだ。


「ちゃんと今年の特色が出てるな。…俺の真似事なんて温いことしてなくて安心した」
「真似なんかしても、先輩を越えられないので」
「言うじゃねぇか」


うりうりと頭を揺らされる。
すると、お、と先輩が窓の外に目線を落とした。


「あれ、御子柴じゃねぇか」


その名前に胸がざわついた。
九条先輩は窓を開けて、おーいと声を出す。


「御子柴ー」


その声に気付いた御子柴は顔を上げて、窓の奥の九条先輩に気付く。
そして隣の俺にも気付いて。
ふい、と顔を背けた。
そのまま去った御子柴に、先輩は首を傾げる。


「んー? アイツ俺のこと、忘れてんじゃねぇだろうな」
「…俺が隣にいたからだと思いますよ」
「お前ら、まだ犬猿の仲なのかよ!? おいおい、生徒会長と風紀委員長だろ、お前、ら…」


窓の外から俺へと視線を戻した九条先輩は、段々と語尾を小さくした。
どんな表情をしているのか自覚のある俺は顔を背けて、殊更明るい声を出す。


「次はどこか、行きたい所はありますか?」
「…そうだなぁ。俺、実は一番行きたい所あるんだわ」


一番行きたい所?
その真剣な声に、俺はどこかと問いかける。
九条先輩はニッと笑って。


「生徒会室」


かつて新旧生徒会が交わった場所の名前を口にした。


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