【柳原学園】

□第六章
48ページ/82ページ




「あら、まっつんじゃない」
「花梨」


各教室を回り、D組を覗き込むと中に花梨が居た。
入口付近にいたD組の生徒が花梨の肩を叩き、示された方に悠里の姿を認めると目を瞬かせる。


「どうしたの? アタシに用事?」
「いや、見回りだ」
「あら残念、アタシに会いに来てくれたのかと思ったのに」
「そういうことにしてやっても良いけどな」
「冗談よ。生徒会長の仕事をしてるまっつんも素敵だもの」


ふふ、と微笑む花梨と不敵に笑う悠里に、ほぅ…と麗しい光景でも眺めているように周囲の生徒は息を吐く。
悠里は言わずもがなだが、花梨も御目麗しく、二人立ち並ぶ光景は密かに一部の生徒の名物となっていた。


「クラスの手伝いをしてるのか」
「えぇ、そうよ」
「家の出し物の準備は良いのか」
「バッチリ。もう手配は済んでるわ」


花梨は親指と人差し指で丸を作って頷く。
自社製品の化粧品のプレゼンの場、既に準備を終えているとはやはり優秀である。
悠里は内心、うちの親衛隊隊長は凄いんだぞと鼻を高くしながら口の端を上げた。


「三日間のうちで必ず見に行く」
「ほんと? でも生徒会長の仕事で忙しいでしょう」
「自分の隊長に目を掛けられない俺じゃねぇ」
「それなら、楽しみにしてるわ」


まっつんが来るなら更に頑張るわよ、とぐっと拳を握る。
しかしその拳をゆっくりと解き、少し笑みを潜めて小さく口を開いた。


「…そう言えばまっつんは、誰か招待したの?」
「八重…家政婦一人にチケット送った」
「へぇ、家政婦さん? ご挨拶しなくっちゃ」
「お前は?」
「アタシは……」


一瞬表情を固まらせたが、それを悠里に悟らせる前ににっこりと笑みを戻した。


「両親に送ったわよ。あと美容仲間」
「美容仲間なんているのか」
「えぇ。女の子もだけど、最近は男の子にも美容に興味がある子が増えて来ててね」
「へぇ…俺も自分が使うことも視野に入れて見てみるか」
「ほんと?! アタシ、まっつんのプロデュース、ずっとしたかったの!!」


予想以上の喜びように悠里は、お、おう、と若干身を仰け反らせる。
花梨の家、というある意味身内贔屓を差し引いても、早乙女グループの化粧品の評判はとても良い。
男も美容に気を付ける時代とくれば、悠里もそれに倣うしかない。
松村グループは広告を主にしている。
流行には敏感でなければ。


「じゃあ、俺は二年の見回り行ってくる」
「あ、引き留めちゃってごめんなさいね。頑張って」
「あぁ」
「あ、それと」


花梨は意図を探らせない表情を浮かべた。


「坂口君に、よろしく」


親衛隊副隊長の木原ならまだしも何故坂口? と悠里は小さく首を傾げながらも、分かった、と返事をして他の三年の教室を回り、二年の階へと下りる。
悠里の姿を見た二年生が、わっと騒ぎ出した。
気にせず各々作業を進めろ、と告げると徐々に騒ぎは収まって行く。
三年と違って、身近である分憧れのようなものも二年の方が強く、このような騒がれ方をしがちだ。
親衛隊が上手くしてくれているようで、昔のように囲まれたり遠慮なく黄色い声を出されたりはされなくなってきたが。


「パッと見、問題はなさそうだな」


廊下でも作業をしている生徒たちが大勢いるが、皆一生懸命に作業に打ち込んでいる。
生徒会が出るような問題は起こっていないようである。
悠里は自分のクラスであるA組を覗き込むと、木原が真っ先に気付いた。


「悠里様!!」
「よう。しっかりやってるか、真紀」
「はい、…じゃなくて、うん、何の問題もなく進んでる」


つい敬語で話しそうになった木原は、はたと口を押えてタメ口に変える。
慣れるまでにまだ時間は掛かりそうだなぁ、と思っていると、横からひょっこりと顔を出してきた姿に木原は、げっと声を出した。


「お疲れ様、悠里君。元気?」
「当たり前だろ」
「よし、なら僕らを手伝ってよ」


それに返事をしたのは悠里ではなく、はぁ?! とボーイソプラノを響かせる木原だった。


「アンタ何言ってんの? 悠里様にそんな時間ないに決まってるでしょ」
「えー、でも真紀君も、せっかく同じクラスなんだし文化祭の思い出作りたいって言ってたじゃない」
「?! アンタ聞いてたの!? あの場に僕一人しかいないと…いえ! あの、悠里様、僕は…っ」


あわあわと慌てる木原。
きっと坂口の言っていることは本当なのだろう。
悠里はふむ、と内心考える。
生徒会長として忙しい、が。
ここで自分のクラスを後回しにして生徒会長だけの仕事をしても、ただそれだけの人間になってしまうのでは。
それに、悠里だってクラスでの交流をもっと大事にしたいのだ。


「分かった。ただし、少しだけな」
「うん、ありがとう、助かるよ」
「えっ、いや、悠里様、そんな、僕らは大丈…っ」
「まーつーむーらーくーん!!」
「松村君来たとか、百人力では」
「主に俺らのモチベ的にな」


傍で聞いていたのか、悠里の手伝うという言葉を聞いて抱き付かんばかりに寄って来たのは。


「痔…ンンッ、古屋、堀田、三木」
「あの松村君に、俺らの名前、覚えられている…!」
「主に痔兄弟として覚えられているのでは?」
「インパクト強すぎたんだよ。やっぱアウトライン越してたんだよあの自己紹介」


痔兄弟は止めろ、と再び笑いそうになるのを咳払いで誤魔化す。
確かにアウトライン越していたのかもしれない。
笑いのライン、という意味で。


「調子はどうだ」
「いやマジ、くっそ忙しい」
「柳原の文化祭、大掛かり過ぎでは」
「しょーがないだろ、金持ちの祭典だし」
「そういうアンタたちも、"金持ち"の子息でしょ」
「いやいや、俺らは微々たるもんよ」
「中小企業も中小企業」
「生徒会とかに比べれば」
「ばっか、モブエース自身が生徒会と比べんなよ、烏滸がましいだろ!!」


はっ、そうだった、なんという失礼を、と戦々恐々しだす三人に、悠里は思わず小さく吹き出す。
それを見て、また笑わせてしまった…! と顔を輝かせる三人。
面白いと言うか、もはや可愛く見えて来る。


「で、何を手伝ってほしいんだ」
「そう言えば悠里君って、三日間のうちちょっとでも顔出せるの?」
「まぁ、数分…数十分なら」
「よし、なら採寸させてよ」
「は?」


坂口はそう言うと、あっという間にメジャーを持ち出し悠里の採寸をしだした。
悠里が目を白黒させている間に、どんどん計っていく。


「…何の真似だ?」
「悠里君、うちのクラスの出し物知ってるよね?」
「確か…執事喫茶、だったか?」


生徒会で確認している大量の資料の中に、インパクトの強い出し物が何個かあった。
その一つが執事喫茶、しかも自分のクラスだった時はかなり驚いたものだ。
モブエースたちがうんうんと頷いている。


「しかもチャチなものじゃなくて、ガチの執事喫茶だからな」
「お偉いさんの子息が執事という前代未聞の出し物」
「本格的な執事、でもその中に高校生らしい初々しさも発揮する」
「来賓たちもそのギャップに心を打たれ」
「お金をどんどん落として行くと言う寸法さ!!」


何なんだこの可愛くない作戦は。
計算ずくの初々しさという、ある意味えげつない考えを出したのは誰だ。
悠里が若干引いていると、ふと採寸を終えた坂口と目が合う。
にっこりと、笑った。


「お前か…亮…」
「でも悠里君には感謝してもらっても良いと思うんだ」
「なんでだよ」
「最初、松村悠里の生態、みたいな研究発表になる所だったんだよ」
「な…っ」


…んだそれ!? と素で叫びそうになった。
誰が喜ぶんだ、そんな出し物。


「ほら、情報に強い僕もいるから、かなり精度の高いものになるんじゃないかという話になって」
「まぁ、当の委員長が、それならクラス全員の秘密をその研究発表の合間に散りばめると脅し…言って、皆断念したんだけどな」
「今思い返すと、変なテンションになっていたのでは」
「松村君の生態って何だよってな」


わはははー、と笑っているが、冗談ではなくなるところだった。
自分に秘密が多いことに自覚がある悠里は、背中に冷や汗びっしょりである。
止めてくれた坂口に感謝したいが、そもそも坂口が情報通だからそういう企画案が出されたわけで。
複雑な面持ちで坂口を見ると、悠里の心境すらも全て見通しているかのような笑顔を浮かべている。


.
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ