【柳原学園】

□第六章
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☆☆


「里中会計、これ新たな学園費用の分です。算出しておいたので、確認お願いします」
「は〜い、ありがと〜」
「黒田書記、そろそろ風紀との打ち合わせじゃないんですか。残りは俺がやるので行って下さい」
「……そうか、頼んだ」


生徒会室は慌ただしく時が流れる。
テキパキと他の役員の手が届かない所をサポートする俊太を、悠里は資料を見ながら横目で眺めていた。
するとそれがバレていたのか、俊太は睥睨しながら悠里を見る。


「松村会長、外回りの工藤副会長が戻ってくるまでに終わらせる最低限のことは終わってるんですか」
「…すぐに終わる」
「文化祭まであと少しです、大詰めなんですからチンタラしてる暇はありませんよ」


俊太は桃矢から引き継ぎした仕事を手に自席に戻る。
悠里はそれを見ながら、未だに納得出来ないことを頭に巡らせた。
嫌いだと言いながら突然キスをしてきた俊太。
結局智也も啓介も桃矢もその行為を説明出来ず、本人に訊いて下さいと言われた翌日。
普通におはようございますと言いながら登校してきた俊太に、あれはなんだと尋ねた悠里に返って来たのは。


『何って、そのままの意味ですけど』


という、何とも素っ気無い答えだった。
まさかの俊太にキスされるわ、嫌いだと言われるわ、何事もなかったように会話するわ。
意味が分からないが、俊太の口から悠里が納得するような説明されることはなさそうだ。
これ以上気にしても無駄か、と悠里は資料の奥で溜息を吐いて頭を切り替えた。


「…よし、終わった。俊太、智也が戻ってきたらこれ渡しといてくれ」
「自分で渡したらどうですか」
「今から各教室見回って来る」
「え〜いいな〜、僕も〜」
「里中会計はさっきの確認終わってないでしょう」


ぶーぶー、と口を尖らせる啓介をはいはいと流す俊太。
その見慣れた光景を目にしながら俊太に頼んだぞと告げる。
分かりましたよ、と面倒そうな顔に見送られ、悠里は生徒会室を出た。
少し歩くと長い髪を頭頂部で一つにまとめた背中が目に入る。


「桃矢」
「……悠里。どうした」
「今から各教室の見回り行ってくる」
「……そうか。途中まで、一緒に行くか」


その申し出に悠里は隣に並んで歩くことで応える。
桃矢は少し目線を下げてその姿を見て、前を向いた。
修学旅行の旅館でも、こうしてミーティングに行く自分と、見回りに行く悠里は途中まで一緒に歩いた。
修学旅行の夜。
あの日から、悠里の周りは、否、自分の周りは変わった気がする。


「……悠里、無理はしていないか」
「大丈夫だ、してない。生徒会の奴らもフォローしてくれてるし、…閉じ込め事件の例の三人も、桐生先生の元で働いてくれてるしな」
「……そうか、なら良い」


そう返す桃矢を悠里は少し首を傾げて見て、桃矢の背中をポンと叩く。


「俺の心配するなんざ、百年早ぇ」
「……そうだな」
「…でも、ありがとな」


小さな声でそう付け加える。
いつからこんなにスルリとお礼が口に出るようになったのか。
風紀室が見えてくると、悠里の態度が少しぎこちなくなる。


「じゃあな、俺は行く」
「……顔は出さないのか。風紀に」
「俺がわざわざ顔を出すまでもねぇだろ」


まるで逃げるような態度に何を思ったのか。
それとも何も思っていないのか。
桃矢の視線をこれ以上受けられなくて、悠里は足早に風紀室の前から立ち去る。
後ろで桃矢がノックする音を聞きながら、悠里は最初の目的である各教室の見回りへと向かった。


「…三年から見て行くか」


上から下りて行くような形で見回ることに決めた悠里は、三年の教室の階へと階段を上った。
先輩でありながらまるでこちらが先輩のように頭を下げて来る三年もいれば。
気軽に、よっ、と挨拶をしてくる三年もいる。


「どうした、生徒会長様」
「各教室の様子見に来た。どうだ、三年は」
「あーっ、生徒会長じゃーん! 最後の文化祭だから、皆気合入ってるぜー!!」


やいやいと元気の良い三年たちだ。
花梨ともそんな話をしたが、やはり高校生最後の文化祭となれば、各々が様々な思いを抱いているのだろう。
それなら良い、と他のクラスへと足を向けると、ふと騒いでいた三年が口にする。


「てかお前、よくやってるよな、九条先輩の後釜」
「どういう意味だ?」
「あぁいや、あの人凄かったじゃん? プレッシャーとかあったんじゃね? って話」
「……あの人は…」


息の詰まる柳原での生活。
様々なプレッシャーに潰されそうだった。
でも。
ぺちりと、両頬を挟んで。
黒くて深い、落ち着きのある瞳で。


「──はーい、お前ら散れ散れー」
「この時期生徒会長クソ忙しいんだから、引き留めてんじゃねぇよ」
「松村も、おじゃま虫には邪魔だよーって言って良いんだよ?」
「っ、書記、会計、庶務…」
「何言ってんだ、それはもう、お前らのことだろ」
「俺らは、"前"、な」


悠里を囲んでいた三年生たちを押しのけ、しっしっと散らせている三人。
九条前生徒会長、清水前副会長が率いていた前生徒会の、野本書記、佐原会計、川井庶務。
引き継ぎの時散々お世話になった先輩たちだ。


「そんならお前らが生徒会手伝ってあげれば良いじゃん」
「ばぁか、九条先輩から甘やかすなって厳命されてんだよ」
「あー、九条先輩の厳命じゃ、仕方ねぇなぁ」


ドンマイ、と星でも飛ばしそうなウィンクをして、悠里を囲っていた三年たちは各々のクラスへと戻って行った。
それを見送って、悠里は三人に向きなおる。


「…久し振りだな」
「お前相変わらず、俺らに敬語使わねぇのな」
「無駄だよ野本、松村が懐いたのなんて、九条先輩だけだったじゃん」
「ほんとにな。あの人にだけ敬語、先輩付け。どんな魔法使ったんだか」


やれやれと肩を竦める三人に、内心悠里は頭を下げっぱなしである。
俺様生徒会長を絶賛模索中に出遭ったこの三人には、尊敬の意を全く示していなかったのだ。
今でも俺様生徒会長が何なのか正直分かっていないが、多分無礼の大安売りだった。
しかし目の前の三人は、にひっとイタズラが成功した子どものように笑う。


「なんてな。九条先輩がスゴイことなんて、柳原の皆が知ってる」
「今更どうこう言わないよ、僕らはね」
「お前だけじゃない。俺らの後釜たちもよくやってる。この調子で頑張れよ」


俺らは今まで通り、手伝えないけど、と頬を掻く。
九条咲良、前生徒会長。
親衛隊の制度を整えたことから始め、様々な偉業を成し遂げた柳原の顔だった人物。
卒業した今も、その生徒会役員だったこの三人は九条の言い付けを守り続けている。
それほどの人物。


「…ありがとう、ございます」
「…、へぇ、お前も成長してんのな」
「亡き九条先輩にも見せてあげたかったよ…うっ…」
「いや、死んでねぇから。卒業しただけだから」


縁起悪いこと言うな、と川井が頭を叩かれている。
野本がゴホンと咳ばらいをした。


「ま、とにかく目の前の文化祭、しっかりな」
「期待してるよ、現生徒会」
「ほどほどにな」


じゃーね、とそれだけを告げて、三人は颯爽と立ち去ってしまう。
今生徒会として活動しているから分かる。
あの人たちもまた、尊敬すべき柳原の生徒会だった。
むしろ前生徒会がデコボコだった柳原を平らにしてくれたから、こうして悠里たちでも生徒会が務まるのだ。
まだまだだな、と悠里は息を吐いて、足を進めた。



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