【柳原学園】

□第六章
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「あっ、総長お疲れ様です!!」
「お前、文化祭でも総長って呼んだらタダじゃおかねぇからな」
「す、すみません委員長!!」


学園内を見回っていた御子柴は、文化祭の準備をしていた舎弟、もとい風紀委員たちと同じようなやり取りを繰り返していた。
総長なんてものになった覚えもないのにいつの間にかそう呼ばれていた。
百歩譲って、というか最早諦めて通常の学園では良いとしても、保護者やお偉方が集まる文化祭で総長なんて呼ばれた日には。
御子柴の次男が、と騒がれてしまうかもしれない。
それだけならまだ良い。


「兄貴とクソ愚弟の耳に入ったら、死ぬまでイジられるだろうが…」
「え?」
「いや。何か問題起こしてる馬鹿はいねぇな?」
「一年は今の所。高等部の文化祭ってんで浮かれたり焦ったりしてはいますけど」


確かに、いつもならあの御子柴風紀委員長が来た、と騒ぐ生徒もいるが、今は皆一生懸命話し合ったり何かを作ったりしている。
中等部と高等部の文化祭では規模が違う。
自分たちも去年はなかなか大変なこともあったものだ。
今年は今年で役職持ちということで別の大変さがあるが。


「一年風紀の間でも情報共有を定期的にやっとけ。手に負えないことがあれば連絡しろ」
「分かりました。お疲れ様です」


ペコリと頭を下げる委員に軽く頷きながら、その場を去る。
一年では問題はなさそうだ。
では、と御子柴は二年教室へ上がろうと階段へ向かう。
するとそこで、聞き覚えのある声が耳に入った。


「…は? チケット? 柳原の文化祭の? 何で」
『〜〜〜!! …〜〜!!』
「ユウに会いたいからって? はは。一昨日来いよ、駄犬」
「…サボリか、松村弟」
「!! 御子柴先輩…ただの野暮用ですよ。直ぐに戻ります」


駄犬、と言って笑顔で容赦なく通話を切ったのは、麗斗だった。
スマホをポケットにしまいながら、また違った笑顔を見せる麗斗に御子柴は言う。


「相手は副総長か。銀狼、だったか?」
「はい。夏休みはうちの駄犬が、ご迷惑をお掛けしたみたいで」


生徒会と風紀の合宿で夏祭り行った際、銀狼こと月岡が悠里を巡って、御子柴と綾部とひと悶着を起こした。
黒揚羽伝説を知っていた月岡は、麗斗から綾部こそがその黒揚羽だと知らされその場は収まった。
その帰り、綾部の提案で手を繋いだ悠里の温もりが一瞬蘇えりピクリと手が動くが、御子柴は思考を切るように麗斗に向きなおる。


「俺らと族の奴ら、随分と対応が違うよな。そっちが素か」
「どっちも俺の素です。相手が違えば対応も変わります。先輩だって、和樹先輩と生徒会相手じゃ違うでしょう?」
「…そうだな」


馬鹿なことを訊いた。
ただ、弟のことが分かればその兄の、悠里のことも少しは分かるのではないかと。
それこそ、短絡的なことだ。


「先輩は見回りですか?」
「あぁ」
「俺も同行しましょうか」
「いい。自分のクラスのこと、ちゃんとしとけ」


分かりました、と爽やかな笑みを浮かべて会釈し麗斗は自分のクラスへ戻って行った。
笑った顔が少し、似ている。


「…頭沸いてんのか、俺は」


忘れようと思っているのに、過るのはただ一人の姿。
何故、という問いをもう何度したことか。
好きの反対は無関心とはよく言ったもので。
中等部の時から目が合えば睨み、口を開けば喧嘩、噂を聞くだけでも腹が立ち。
それでもマシだったことを知る。
取るに足らないと、必要最低限の会話しかしないと言われた今。


「っと、すみま…って御子柴じゃん。サボリ?」
「風紀の見回りだ」
「そりゃすまん! 珍しくボーっとしてるから」


階段を上っていると、段ボールを運ぶ二年とぶつかりそうになる。
悪かったな、とその二年は軽く謝り段ボールを下へ運んで行った。
それを黙って見送り、御子柴は二年生の階へとたどり着く。
周りには見知った顔ばかり。
御子柴に気付いた生徒が、お、という表情で近付いて来た。


「お疲れ。お前もクラスの手伝いしに来たのか?」
「いや、風紀の見回りだ」
「お前も偶には手伝ってやれよなー。忙しいのは分かるけどよ。お前が来るとモチベ上がる奴もいるんだから」


責める口調ではなく、ただの他愛ない話だ。
役職を持っていなくてもこの忙しさ、風紀委員長という大役を持ちながらクラスの出し物も、というのは難しいことは誰でも知っている。
ただ何となく、先程の言葉に引っ掛かりを覚えて、無意識にそこを繰り返した。


「お前、も?」
「あぁ、今松村が自分のクラスの手伝いしてる。生徒会長として見回りに来ただけみたいだけど、どうも捕まったっぽいな。多分魔王かな」


あの生徒会長も魔王には敵わねぇんだなーと笑う二年の話を半分聞き流し、御子柴は三年の階へと繋がる階段へと足を向ける。
するとその生徒が御子柴の腕を取った。


「え、待て待て、お前二年の見回りしねぇの?」
「アイツが見回りしてるんだったら別に良いだろ」
「顔も見たくねぇみたいな? ほんと昔から犬猿の仲だよな、お前ら」


犬猿の仲。


「…喚き合えるなら、良いんだけどな」
「え?」
「何でもねぇ。しっかりやれよ」
「お前もボーっとしてねぇで、しっかりな!」


ぶんぶんと手を振る生徒に軽く手を挙げて返し、階段に足を掛けた。
階段には先程から上へ下へと、物を持ったり急いで駆け上がったりと忙しなく生徒たちが行き交っている。
それを避けながら上っていると、あれ、と聞き覚えのある声が上がった。
顔を上げると、風紀担当教員の、桐生亨だった。


「御子柴君、見回りですか?」
「あぁ。お前はサボリか?」
「うっ、そうやっていつも僕をイジメるんですよね、君たちは…」


キリキリと胃が痛むのか、桐生は胃を押さえながらメソメソする。
御子柴にはそういった意図はないが、そういう反応をするから風紀委員、特に綾部が面白がるということは分かる。
教えたことはないが。
ふと、メソメソしている桐生の少し後ろでモジモジとしている陰に気付いた。


「お前は…」
「き、木下、幸です」
「桐生、ちゃんと仕事してたんだな」
「してますよ!! …僕の管理の下、生徒会並びに風紀の雑用等を三人に振って、って決まったじゃないですか」


修学旅行での御子柴と悠里の閉じ込め事件。
その話し合いでの処分が、一週間の自室謹慎と一ヶ月の慈善活動。
その慈善活動の中に、生徒会と風紀の雑用も入っている。


「残りの二人は」
「三村君には生徒会の様子を、田上君には風紀からの伝言がないかを聞きに行ってもらっています」
「お前のパシりじゃねぇか」
「君たちが、風紀だけじゃなくて生徒会の仕事も把握していないと出来ない処分にするからでしょう…」


ほんとに大変なんです…と愚痴を零しているが、御子柴にも分かるほど大変なことを管理しているのだから、桐生の能力は本物だ。
自己評価が低いのか、なんなのか。
もしかしたら近くに桐生以上の能力の高い人間がいたから、自己評価が低くなっているのかもしれない。


「あ、あの、御子柴君、あの時は本当にごめ…」
「いい。お前もこうして処分を受けてる。それでこの話は終わりだ」
「…ありがとう。松村君にも本当に悪いことを…」


そう口にした瞬間。
木下はドン、と背中に衝撃を受けた。
生徒の多く行き交う階段。
段ボールや大きなものを運び、視界の悪いこの状況。
足を踏み外すには充分な衝撃で。


「木下君!!」
「……っ」


不幸中の幸いか、下の方で話していたのが、御子柴だった。
反射神経も運動神経も優れている御子柴にとって、小柄な生徒一人引っ張り上げることは簡単なこと。
ただ、先程から会う生徒たち皆に言われていた、『ボーっとしている』という御子柴への評価。
あの日から燻っている心、過る姿。
御子柴も、本調子ではなかった。


「ッ、み、みこし…っ!!」


引っ張り上げられバランスを取り戻した木下は、自分の代わりに足を踏み外し下に落ちて行く御子柴の名を顔を青くして叫ぶ。
しかし、階段から落ちながらも御子柴は冷静だった。
受け身を取れば良いのだ。
打撲くらいはするかもしれないが、大したことにはならない。
大したことには、ならないはずだった。


「……!!」


驚愕の表情を浮かべる生徒、青褪める生徒、口元を押さえる生徒。
その生徒たちの向こうから、木原や坂口たち、クラスメイトに囲まれながら物品の運び出しを手伝っていた。
悠里の姿を、見なければ。
一番に坂口が気付き。
それに気付いた悠里が、その視線の先を見て。
見開く瞳と目が合って。


「──御子柴ァッ!!」


その一瞬の出来事がスローモーションのように見えた後。
強い衝撃が襲ってきて。
あぁ、ボーっとしてねぇでしっかりな、なんて忠告をもっとちゃんと聞いとけば良かった。
そんな自分らしくないことを思いながら、意識が黒に閉ざされた。



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