【柳原学園】

□第六章
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俊太はその言葉が胸の奥にすっと入り込むのを感じて。
諦めたように、表情を和らげた。


「俺は工藤副会長にだけは、勝てる気がしません」
「褒め言葉として、受け取っておきます」


クスクスと笑う智也。
俊太はその笑い声を聞きながら、机に頬杖を突いた。


「…里中会計に怒ったのは、勿論触れられたくないことだったからっていうのもあるんですけど」
「はい」
「修学旅行のあの事件の時、…御子柴風紀委員長と松村会長の二人の間に何かあったんだろうな感じることを目撃したと言うか」
「それは…」
「なのに、俺が一番冷静そうだから事件の資料作れとか言われてムカついてたし」


感情が表に出にくいからと言って、冷静な訳がないだろう。
その時感情的になっていた自覚のある智也は、その節はすみません…と情けなさそうに謝る。


「あとですね、…ここに戻る途中で松村会長と御子柴風紀委員長、あと花梨先輩がごちゃごちゃやってるの目撃しまして」
「ごちゃごちゃ、ですか?」
「松村会長は忘れ物とかじゃなくて、それで一旦寮に戻ったんです。それ見てイライライライラ…してる所に、里中会計のアレですよ」


何もしてない。
スタートラインにすら立っていない。
それが正論だっただけに、俊太はあそこまで頭に血が上ったのだ。


「そうだったんですか…それは、タイミングが悪かったですね」
「…まぁ、ただの言い訳です。あとで里中会計にも謝ります。面倒ですけど」
「それが良いと、私も思います」


そう智也が同意した時、仮眠室の扉が静かに開いた。
そしてそこからそーっと覗き込んたのは、ふわふわ頭の啓介だった。
智也と俊太の様子から生徒会室に戻って良いと判断した啓介は、おずおずと足を踏みだす。


「あ、あのね、俊ちゃん」
「さっきは言いすぎました。すみません里中会計」
「!! …うわ〜ん! 僕もごめんねぇ! 俊ちゃん大好き〜!」
「はいはい」


走り寄って来て首に抱き付く啓介に、俊太は身体を離そうとせずそれを受け入れる。
いつもは大好きだよ、なんて悠里以外に言う時は裏がありそうな啓介だが。
真っ赤な目をした今の啓介なら、本心なのだろう。
俊太は抱き付かれながら、桃矢、そして智也に視線を移した。


「あんた達は、大事だとか、友人だと思っているとか言いますけど」
「?」
「…俺だって、そう思ってもない人間にこんな面倒なやり取りしようとは思いません」


ぷい、と。
顔を背けた俊太の言葉を理解した途端、啓介は顔を輝かせた。


「俊ちゃんがデレたぁ〜!!」
「うるさいデレてません!!」
「僕らのこと大事だって! 友達だって! 聞いた?! 智ちゃん桃ちゃん!!」
「……あぁ」
「えぇ、しっかりと」
「っ、言わなきゃよかった!」


はーなーせー! と俊太は啓介を離そうとするが、や〜だ〜と啓介は俊太に頬擦りしている。
それを傍から見守る智也と桃矢は顔を合わせて、どちらも笑みを浮かべて会釈した。


「悪い、忘れ物を寮に取りに戻っ…、何してるんだお前ら…」
「悠ちゃん!!」


生徒会室の開いた扉から入って来たのは、渦中の悠里だった。
悠里は入って来る時少し気まずそうな表情を浮かべていたが、中の様子を見て目を瞬かせる。
そんな悠里に走り寄り抱き付く啓介を、解放された俊太は呆れたように見た。


「悠ちゃん、あのね、俊ちゃんが僕らのこと大事だって〜。友達だと思ってるだって〜」
「…へぇ?」
「そこにアンタは入ってませんけどね、松村会長」
「嘘吐くな。お前俺のこと、好きだろ?」
「…、は」
「つーか啓介、お前泣いたか?」


悠里は抱き付く啓介の赤くなった目元を撫でるが、俊太はそれどころではない。
俺のこと好きだろ、なんてきっと悠里はいつもの俺様、もしくは冗談のつもりで言ったのだろうが。
しかし、さっきの今でその冗談は、まさしく冗談ではない。
悠里と絶句する俊太に、智也は微苦笑を浮かべた。
啓介は悠里の言葉に少し焦ったように目を泳がせる。


「えっと〜…俊ちゃんの言葉に感動して、つい?」
「そんなにか…お前ら仲良いんだな」
「んふふ〜そうなんだ〜」


くふくふと笑う啓介の頭を悠里は撫でる。
俊太はその甘やかしを見て眉を顰めるが、内容が内容なだけに苦言を呈することが出来なかった。


「ところで、作業はどこまで進んだんだ」
「う」
「……それは」
「すみません、全く」
「全く?」


智也の答えが予想外だったのか悠里は訊き返す。
悠里が出て行ってから時間が経ったが、ずっと話をしていた。
しかし何をしていたかなど詳しく話すわけもいかない面々は、悠里からのお叱りを黙って待つ。
しかしそこに、俊太が口を挟んだ。


「寮に忘れ物をしたおまぬけさんが俺らを叱るなんて真似、しませんよね」
「…、誰も叱るなんざ言ってねぇし、俺はまぬけじゃねぇ。つーかお前、開き直…」
「俺のこと気付かずに、忙しい花梨先輩に言伝を頼んだ人がよく言いますね」


俊太に開き直るなと言おうとした悠里は、その言葉に目を見開いた。
何のことか分からない啓介と桃矢は顔を見合わせるが、話を聞いていた智也は何を言うつもりなのかとその様子を見守る。


「お前、あの時いたのか」
「俺の真横素通りして行きましたよ、アンタ」
「…そうか」


言葉を探しているような悠里をじっと見て、俊太はゆっくりと口を開いた。


「…松村会長、俺からは一度だけ、尋ねます」
「なんだ」
「俺たちに、もしくは誰か一人でも良い。何か言いたいことや、相談したいことは、ありませんか」


その質問に。
悠里は寸分の迷いもなく。


「ない」


と、ただ一言。
それを聞いて、ピキッとこめかみに血管を浮かべる俊太に気付かず、悠里は続けた。


「まぁ、強いて言うなら休憩のし過ぎ…」
「工藤副会長。さっき俺は結局、本心を口にしていませんでしたね」
「え?」


言葉を遮られた悠里が俊太に視線を向けると、ゆらりと立ち上がっている所だった。
変な黒いオーラを纏っているような気がする俊太に突然名前を呼ばれた智也は、ぎょっとする。
俊太は顔を伏せながら、ゆっくりと悠里に歩み寄って行く。


「里中会計、アンタはさっき俺に何もしてない、なのに一人前に云々言ってましたよね」
「それはさっき謝って…しゅ、俊ちゃん…?」


啓介はその異様な雰囲気に、黙って見守る桃矢の袖を握る。
突然よく分からないことを言いながら自分の目の前に立った俊太に、悠里は思わず一歩下がろうとする。
しかし俺様生徒会長としての演技がそれを邪魔した。
悠里は顔を上げた俊太に、鋭く睨みつけられる。


「俊太、お前どういうつも…」
「松村会長、俺はずっと言いたかったんですけどね」
「なに、を…っ!?」


内心どんな毒舌が飛び出してくるのかと構えていたら。
ぐいっと、突然。
ネクタイを引っ張られて。
目の前いっぱいに広がる俊太の瞳と、自分の唇に、いつも毒舌が飛び出て来るとは思えないような、柔らかな唇の感触がして。


「──俺は、アンタが、心ッ底、嫌いです」


真っ直ぐ見詰め、顔をこれでもかと歪めた俊太は、ふんっと鼻を鳴らして悠里のネクタイを離す。
沈黙が降り注ぐ中俊太はスタスタと自席に戻り荷物を手に取って。


「俺は外回りで疲れたのでもう帰ります。お疲れ様でした」


そう言ってさっさと生徒会室から出て行ってしまった。


「は、──はぁぁぁあああ?! ちょ、俊ちゃん!! 何やってんの!! 俊ちゃん!! 僕は! そこまで!! 言ってない!!」


啓介はあまりの光景に悲鳴じみた叫び声を上げながら、俊太を追って生徒会室を走り出てしまった。
悠里は呆然と感触の残る唇に触れ、そっと顔を上げる。
すると桃矢は額を押さえ、智也は眉間に寄りそうなシワを解していた。


「……俊太、段階を飛ばし過ぎだ…」
「これはまた…宣戦布告と捉えて良いのか…」
「…お前ら、説明しろ。何で俺は今、嫌いだと言われながらキスされた?」


好意を示されながらキスを迫られたことは数多くある悠里であっても、このケースは初めての経験。
悠里に問われた二人は、うーんと唸って。


「……俊太なりの、感情表現…?」
「彼なりに好きだと言うことを伝えようと…」
「心底嫌いですって言われたぞ。『心ッ底』って若干溜めながら」


俊太の複雑な心境を第三者が説明するには骨が折れる。
結局、本人に訊いて下さいと説明を諦められた悠里は、クエスチョンマークを浮かべながら唇を押さえることしか出来なかった。


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