【柳原学園】

□第六章
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桃矢に連れられて仮眠室に入って行った二人を見送り、智也は俊太に視線を移す。


「俊太、大丈夫ですか?」
「…もう大丈夫です」


ひと息ついて、俊太は肩に乗る智也の手をどかした。
智也は少し待っていて下さいと、俊太の元から離れる。
一人になって俊太はドカッと椅子に座り込んだ。


「あー…俺としたことが…」


珍しく、頭に血が上ってしまった。
声を荒げるなんていつぶりだろうか。
ぐた、っと背もたれに頭を乗せていると、智也がティーポットを持ってやってきた。


「飲んで下さい」
「…ありがとうございます、工藤副会長」


目の前で淹れられた紅茶を、俊太はゆっくりと口にする。
ふぅー、と息を吐いたのを見て、智也は微笑んだ。


「…落ち着きましたか?」
「まぁ、だいぶ。…さっきは八つ当たりしてすみませんでした」
「いえ。まさか私が睨まれるとは思っていませんでしたが」


ふふ、と笑われて俊太は渋面を浮かべる。
悠里には毒舌、啓介には言い合い、桃矢には言葉での押し切りが通用するのだが。
智也はどうにもそれらが通用しない、ある意味俊太にとって苦手な部類だった。
だからこそ、この場に智也が残ったのだろう。


「皆、松村会長松村会長、気にし過ぎでしょ。世界の中心はあの人じゃないんですよ」
「それでも、私たちは彼が好きですから。仕方のないことです」
「…前から思ってたんですけど、そういうの恥ずかしくないんですか」
「そういうの?」
「好きだとか、公言するの」


既に本人に告白したと言う智也だけではなく、啓介や桃矢もだ。
啓介はあんな涙目になって感情的になるくらい、好きという感情を表に出している。
智也は俊太の質問に目を瞬かせ、顎に手を当て首を傾げる。
さらりと揺れる髪に意識を取られながら、智也の答えを待った。


「恥ずかしくは…ないですね」
「ないんですか」
「何というかそういう段階超えて、必死なんです、私」


はは、と智也は眉を下げて笑う。
俊太は、必死、とその言葉を繰り返した。


「人間は好意を受けると自分も好意を返したくなる生物です。心理学的に好意の返報性というんですが」
「…そんなこと考えて好き好き言ってるんですか…」
「引かないで下さい。あくまでも私の行為に名前を付けるなら、の話です」


心理学的、と来て俊太は思わず身体を引いた。
目の前の王子様とか言われてる副会長が、そんなことを頭で考えて意図的にやっていたなら怖すぎる。
その引きを感じ取った智也は慌てて否定した。


「私は好意を伝えることで、少しでも悠里の心に届けば、と思ってるんです」
「…工藤副会長はもう告白してるんですよね? まさかまたあの人鈍感を発揮させて…」
「いいえ。はっきりと、仲間として大切だ、そこに恋愛感情はないと、言われました」


あまり知られたくないので秘密ですよ、と智也は人差し指を口元に当てる。
当時何となく触れづらかったことを知り、俊太は何故か唾を飲み込んだ。


「…それなのに好きだと言い続けてる工藤副会長、メンタル強すぎでは」
「言い続けないとそこで終わってしまうと思ったので」
「終わるなんてそんな分からないじゃ…」
「ずっと予感はしてたんです。時々志春先生かなと思う時はあったのですが…悠里は、御子柴委員長に惹かれているのだろうと」


その名前に、俊太は思わず眉間にシワを寄せる。
一瞬のことだったが、俊太にも心当たりがあるのだと分かり智也は苦笑した。


「意味が分からない。何でわざわざ犬猿の仲の相手を…」
「犬猿の仲と言われていたから、でしょうね。言い合いも頻繁にしていましたし、その分コミュニケーションも…」
「言い合いなら俺もしてました」


智也の言葉に被さるように、俊太はそう口にした。
失言に気付き、ハッとして自分の口を押さえる俊太を、智也はじっと見つめ目を閉じる。


「…悠里は俊太のその毒舌を、敵意と捉えていなかった。だから悠里は言い返さずに、口を閉じる傾向にあったんだと思います」


俊太は目を見開いて、思い出したように舌打ちした。
そしてあ゛ー、と声を濁らせて頭を掻く。
その様子に智也は少し焦った。


「何か気に障ることでも…」
「違うんです。工藤副会長じゃなくて…」


俯いて頭を抱える俊太は少し黙り、身体を起こした。


「…昔そんなことを九条前会長と松村会長が話してたのを聞きました」
「九条前会長と?」
「俺は生徒会役員になりたくなかった、かと言って辞退すると目立つ。そんな苛立ちを松村会長にぶつけてたんです」


気付いていたとは思いますけど、と言う俊太に、確かにあの時は今よりも毒舌が凄かったことを思い出す。
よくもまぁ、あの松村悠里に、と思っていた。
あの頃は悠里のことを嫌っていて、それを止めなかった自分も同罪だが。


「そんな時、九条前会長が『お前、ああも言われてよくキレないな』って松村会長に言っているのを聞きました」
「言い方が…流石九条前会長ですね」
「俺はこういう性格なので陰口には慣れています。またここでもかと呆れながら一応身を隠しました」


生徒会役員に抜擢されるということは、人気であるということ。
しかし俊太は一見クールそうだと勘違いした生徒と、所謂蔑まれたいという部類の人間から支持されたに過ぎない。
当然、軋轢もあった。
今でこそ落ち着いてはいるが、他の生徒会役員とは異質の抜擢だったのだ。



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