【柳原学園】

□第六章
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「まっ、松村君、狭くない?」
「もう少し空けようか?」
「大丈夫か?」


俺の前二人と後ろ一人が窺うように俺にそう尋ねてきた。
そんな声を上擦らせるくらい緊張しなくても…。
むしろ俺そこそこの身長だから俺の方が迷惑をかけてる感じがするんだけど。


「気ぃ遣うな」
「ご、ごめん」
「…あと、そんな緊張すんな。流石に俺でも突然取って食ったりしねぇよ」
「く、食ったり…!?」
「ばか、そういう意味じゃないだろ…っ」
「松村君がお前みたいに何でもかんでも語尾に(意味深)を付ける人間だと思うな…っ」
「だ、だよな、ごめん…っ!」


三人がコソコソとお互いを軽く叩き合っていた。
語尾に意味深…? 取って食う(意味深)、みたいな?
…俺様何様生徒会長様でも、修学旅行先の科学館で、しかも整列してる時にそこまで空気読めないこと言わないから!!
いや、でも、え、この子たちにそんなイメージ持たれてるってこと?
こんな所で夜のお誘いするとか、空気読めなさ過ぎてちょっと笑えてくるんだけど。


「……、ふっ」
「!? わ、笑った?! え、俺笑われた…!?」
「これは嘲笑という名の笑いなのでは」
「それでもそこそこレアみあるぞ…!!」
「いや、普通に面白かった」


これ以上緊張させないように素直に言うと、三人は衝撃を受けたように固まった。
そしてわたわたとし始める。


「松村君を笑わせてしまった…」
「モブと言われ続けた俺たちがそんな大それたことを成し遂げたと言うのか」
「俺たちは勇者に昇格しても良いでは」


何かじわじわ来るんだけど。
と言うかモブとか言われてんの?


「お前ら、名前は」
「古屋 栄治です」
「堀田 将司です」
「三木 岩慈です」
「栄治(A)と将司(C)と岩慈(E)でモブのエース(ACE)と呼ばれています」
「もしくは痔兄弟と呼ばれています」
「皆名前に『じ』が付いてるからと言ってこの当て字に悪意を感じる日々です」
「ちなみに俺たち、痔になったことはありません」


待って、待って…っ!!
科学館での説明始まってるけど、ちょっと待って…。
何なんだ、この自己紹介は…っ!?
この淡々とした喋り方がまた笑いのツボを押すんだけど…っ。
どうしよう、イキナリ俺様生徒会長の俺が爆笑したら駄目だ、頑張れ俺…!!
申し訳ないことにこの自己紹介に言葉を返せず、ずっと顔を伏せたまま科学館での注意事項等を聞く。
黙ってしまった俺を三人が慌てたように見て来るけど、ごめんお前らの顔見れない。
では各自科学館での見学を行なって下さい、という教師の言葉を皮切りに生徒がパラパラと散る。


「ま、松村君? 怒った?」
「痔とか下品なこと将司が言うからだろ」
「だ、だって松村君のアウトラインなんか分かんねぇんだもんよ」


大丈夫、アウトじゃない。
いや、ある意味アウトだったけど、下品とか思うほど潔癖じゃないし。
でもな、自己紹介を促してこんなネタチックに返されたのが初めてだったんだよ。
少し落ち着いてきたけど、何か喋ったらまた笑いがぶり返しそう。
悪いけど一旦この場から離れて後でフォローしようかなと考えていると、綾部たちが近付いて来た。


「ユーリ会長ー、科学館一緒に回ろうよー」
「僕も同行して良いかな」
「断っても何だかんだ言ってついて来るんでしょ」
「そこまで分かってくれるなんて、僕たちも仲良くなってきたね、木原君」
「止めて鳥肌立つから」
「ユーリ会長ー? ってあれ、痔兄だ…ぃんぐっ!?」
「お前ちょっと黙っとけ」


ふ、ふぁい…、と俺に口を塞がれた綾部は目を白黒させながら頷いた。
お前、ようやく笑い収まったのに何で痔兄弟とか言っちゃうんだよ!!
ふー…、と長く長く息を吐く。
うわ、エロ…とかぼそっと呟くんじゃねぇ、腐男子も大概にしろ。
…よし、大丈夫、落ち着いた。


「…古屋、堀田、三木、だな。テメェらも一緒に回るか?」
「えっ!? 俺らも!?」
「これは本格的にモブからの昇格か…」
「い、いいのか? その、いろんな意味で」


ちらっ、と木原を見るモブエースの三人。
木原、というか親衛隊副隊長、だろうな。
俺の誘いに目を瞬かせていた木原だったが、その三人の視線を受けて腕を組む。


「悠里様が良いなら僕たち親衛隊は何も言わない。まぁ、良からぬ思いがあるなら別だけど?」
「いやっ!! 俺ら身も心もまっさらだから!!」
「痔にもなったことねぇし!!」
「馬鹿、今それ言ったらガチで意味深なるだろ!!」
「まぁ、お尻に突っ込まれたら痔になりやすいからねー」
「綾部君、下品」


どすっ、と木原から脇腹に手刀を入れられた綾部が、うぐっと呻く。
うわ、痛そう…悉くご愁傷さまだな。
じゃあ行こうか、との坂口の言葉を始まりに、七人でぞろぞろと科学館を回ることになった。
そして坂口がススス…、と俺の横に来て口を開く。


「まさか松村君から誘うとは思わなかったよ」
「アイツら面白かったから」
「へぇ? 松村君のお眼鏡に適ったんだ」
「まぁ…ああいう風に接して来る奴、そう居ないしな」


そう伝えると、なるほどねと相変わらず爽やかに笑いながら頷く。
何がなるほどなんだ…いや、魔王と呼ばれるコイツのことはあまり深くツッコまない方が良いか。
坂口のドSスイッチがどこにあるか分からないからな。


「そう言えばモブエースは痔になったことないんだよねー。せっかくだし一回なってみる?」
「ひっ、食われる…!! ケツに突っ込まれる…!!」
「今こそ(意味深)を使う時…!!」
「つーか、好きこのんで痔になろうとする奴いねぇからな?」
「柳原の品格が疑われるから、その単語を連呼しないでくれる?」


木原に絶対零度の瞳を向けられた四人が即座に謝る。
うちの親衛隊副隊長は頼りになります。


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