【柳原学園】

□第六章
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他のクラスの運営委員も、B組の桃矢、C組の俊太、D組の啓介、E組の智也が納得するような人選であったようだ。
三年も何かの部活の元部長であったり、何かしらの役員をしたことがある生徒が各クラス一人は選出されていた。


「何の問題もなさそうだな」
「それにしても、なっちゃんが書類をなくさずに持ってくるなんて、びっくりしたよ〜」
「俺も日々成長してるってことだ。褒めてくれても良いんだぞ? 松村」
「もう帰って良いぞ、夏希」
「先生とても傷付きました」


うっ、とワザとらしく胸を押さえる夏希に、悠里は慣れたようにハイハイと流す。
しかしこちらも慣れたように、夏希はからりと笑って、じゃあな、頑張れよと告げ、生徒会室を出て行った。
悠里がふぅ、と改めて運営委員リストを眺めていると、ふと視線を感じて顔を上げる。
すると俊太が悠里をじっと見ていた。


「どうした」
「…いえ、夏希先生には、いつも通りの俺様っぷりなんだなと思っただけです」
「…? どういう意味だ」
「別に深い意味はありませんよ」


ふい、と顔を背けてしまった俊太に、これ以上尋ねても毒舌だけが返ってきそうだと悠里は内心首を傾げながらも追及せず、再び書類に目を落とす。
書類を捲り、悠里は最後の一枚を見てきゅっと眉根を寄せて溜息を吐いた。


「……どうかしたか、悠里」
「さっきの書類に教師宛ての書類が混ざってた」


悠里がぺらりと見せたのは、教員各位と記されたプリントだった。
ちゃんと書類を持ってくるなんてと内心感心していたのに、やはり夏希は夏希だった。
悠里が立ち上がると、啓介が声を掛ける。


「悠ちゃん、僕がなっちゃんに持って行こうか〜?」
「いや、良い。俺から一言夏希に言う」


あぁ、と啓介たちは納得したように苦笑いを浮かべて、いってらっしゃいと悠里に言う。
悠里はそれに軽く応えながら生徒会室を出た。
少し歩くと先程の白衣姿の背中が見える。


「夏希」
「ん? お、松村。どうした? 俺をわざわざ褒めに来たのか?」
「逆だ、逆」


逆? と首を傾げる夏希にプリントを渡すと、夏希はそれを見てあちゃー、と額を叩いた。


「混ざってたのか。悪いな、持ってきてもらって」
「アイツらもやっぱり夏希は夏希だなって顔してたぞ」
「せっかくお前らの負担減らそうと思って早く書類持ってきたのに、上手く行かねーなぁ」


ふぅ、と頭を掻きながら言う夏希に、悠里は目を瞬かせる。


「そんなこと思ってたのか」
「当たり前だろー? お前らにとっては、生徒会として初めての文化祭だ。去年も生徒会担当教員してたから、その忙しさは分かってる」
「…九条先輩の時でさえも、忙しかったんだな」


あの二年連続で生徒会長を務めあげ、そんな中名門大学首席合格した九条咲良でさえも。
悠里の言葉の微妙なニュアンスを感じたからか、少し硬くなった表情をみたからか、夏希は虚を突かれたように眉毛を上げた。


「お前、…まぁ、松村に限らず他の生徒もだけど、九条を伝説扱いするよな。あいつも結構普通の生徒だからな?」
「普通…?」
「そう。で、お前ら現生徒会も前生徒会と同じくらい"生徒会"をやれてるんだ。自信を持ちなさい」


肩をぽんぽんと叩かれる。
悠里は今年、個人の出し物をするつもりはない。
松村家は物や人材ではなく広告関係を生業としている。
つまり悠里の能力が問われるのは、生徒会長として今年の文化祭を成功させること、また、来賓の方々とコネクションを築くことである。
言わば柳原学園に入学して初めての大仕事。
緊張せざるを得ない。
しかし尊敬している九条たちと同じくらいやれている、という夏希の言葉に、少し心が軽くなる。
悠里は俺様らしく、ふん、と鼻を鳴らした。


「…自信が、俺に無いとでも? むしろ自信は俺の代名詞だろ」
「はは、そうだな。それで良いんだよ。…でも、俺としてはちょっと嬉しかったな」
「? 何がだ」


何か嬉しがらせることでもやっただろうか、と悠里は夏希に問う。
すると夏希は、ふ、と口元を上げた。


「九条先輩の時『さえも』、っていう、少しでもプレッシャーを感じてる言葉漏らしてくれただろ? きっと数か月のお前だったら、それを匂わせることすらしなかった」
「……、……」


咄嗟に否定しようと思ったが、夏希の台詞に思わず納得してしまい、口をぱくぱくさせてから目を少し逸らす。
そして気まずそうに否定以外の言葉を発した。


「…大人として頼って良いって言ったのは、お前らだろ」
「……、今めちゃくちゃお前のことを抱きしめたい衝動に駆られている」
「はぁ?」


その衝動を逃がすように夏希は自分の身体を抱き締めながら震えている。
その異様な様子に悠里は一歩下がった。


「この、孤高の野生の猫が懐いて来た感じ…」
「俺は猫じゃねぇ」
「分かってるよ。お前は、俺の可愛い生徒だ」


ポン、と頭に手を乗せられる。
もう慣れてしまったその手を、払うことはない。


「今みたいにどんどん頼りなさい。抜けてる俺だけど、いざという時の支える力くらいは持ってるから」


プリントありがとな、と夏希は笑い悠里と別れる。
その背中を見て、悠里は自分の頭に触れた。


「…もう知ってるよ、それくらい」


一言苦言を呈すどころか励まされてしまった。
そこまで言うなら盛大に夏希を使ってやろうと、冗談交じりに口元を和らげながら悠里は生徒会室へと戻っていった。


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